以前にも考えて 記事に書いた事がありました
神戸 処女塚古墳の伝承です
平安時代中期 「大和物語」の「処女塚伝説」は
この塚が舞台となっているそうです
伝承には 別の女性の名前が伝えられていますが
私には やっぱり どうしても
古代 第11代 垂仁天皇の元へ輿入れしたけど 返されて亡くなった若い女性
円野比売(まとのひめ)
の古墳ではないかと思えて仕方ないです
理由 名前が似てるから (*^^)v。。。 確か 前回も書いた気がする
もとめ(塚) と まとのひめ
まとのひめ5文字 を 早口で一気に言うと もとめ3文字 になる。。。^m^
古事記には 顔がどうのこうの という理由で故郷へ返された とありますが
実はそうではなく
もしかしたら
垂仁天皇と結婚するまでの間に
垂仁天皇の兄弟か誰かに求愛されて困って 悩んで病気になったためなのではないか
と 思ったりしました
だって いくら垂仁天皇が大和で大王であったとしても
丹波の辺り一帯を支配する すごい大物のミチノウシのお子様を
顔が悪いから なんてあほな理由で返せるわけないじゃん!!!
と どう考えても 思ってしまうわけなのですよ。。
怒ったミチノウシさんから 大和 つぶされますよ!
大王の位 奪われちゃいます!
昔の結婚がどういうものが わからないですが
もしかしたら
この場合 5人の姫たちが一度に嫁いだわけなので
最初は長女と結婚して 次に。。。
みたいな順番でいくのではないかと 思ったりしたりして。。
で 末っ子と結婚するまでには もしかしたら 何年も時間が経つこともあったりしたりして。。。(よくわかりませんが。。^^; 推測です。。)
しかも 長女は ヒバス媛 みたいですから
なんだかもう 名前と 現在ある大型古墳からして
超絶美しくて 巫女的能力もあって とにかくもう才色兼備の美人!!!
みたいな感じが すごくするんですよね~~。。。
垂仁天皇 から とても愛されたような気がするのです。。。
(息子の景行天皇は皇位を継いでるし。。。)
現在伝えられている 神戸の東西求女塚古墳と処女塚古墳の伝承も
可哀想で泣けるお話ですが
やっぱり 平安以前から 人々は
そういう伝承があるよ~ あの古墳 そうなんじゃない?
と 結びつけて伝えてきたのではないかと 思うのです
毎回 根拠は一切なく
ただただ 私の頭の中に ふと 突然 降りてきた事なので
出典も何もないですが
垂仁天皇は そこまで ひどい人ではないと思うし
円野比売も とても きれいな人だったのはないか と思います
2人の男性 (垂仁天皇 と 誰か)から愛されて
困って病気になって 国に帰る途中で 親に迷惑をかけたくないと 命を絶ったのかも。。
と 思えて仕方ありません。。。
明日は 盆のお迎え ですね。。。
ゲゲちゃん ご無沙汰~~~
でもすごいの久々にパソコン開けたのよ~
そしたら今日、更新されてる~~~~~
なにか引き寄せられたとか感じするーーー
伝承に関しては諸説あるから
もしかしたらゲゲちゃんの直感ともいえる何かを
見通せる力が、話の流れをスムーズにするかもね
それが円野比売
ごめんね、ゲゲちゃんポロンです
アカウント情報わからなくなってログインできないの><
また新しいの作ることにするわ
ゆるして~~~~~~
きゃー ポロンさん お久しぶりです~!!
お盆で お忙しいと思いますが 来てくれて ありがとう~! ^^v
なんて すごいの!
ゲゲも ちょー久々の更新で!それで ポロンさんと出会えるなんて
すごい奇跡だわ!
まさしく 直観!? ヽ(^。^)ノ
アカウント お疲れ様です~!
ありがとう!
お手数おかけします~ ^^
暑くて 暑くて 毎日大変ですよね
どうぞ お大事にです~!
ゲゲも 頑張ります~!
とりあえずは キッチン熱中症にならないように 気をつける~!