かごめかごめの唄の謎 日本武尊編

ちょっと前のHONKOWAを読み直していたら

玲子さんの霊視で

「囲ってる」

というワードがありました。

 

そのワードを見た途端

ゲゲの頭の中には 以前訪れた大阪堺の

大鳥大社と4つの摂社 が浮かびました

 

続いて 頭の中に なぜだか

かごめかごめの唄が浮かびました

 

かごめかごめの唄は 童謡ですが

その歌詞から

何かの秘密の鍵を示唆する内容ではないか

という説があります。

テレビの怪奇特番でも取り上げられたことがあります

 

日光東照宮の徳川埋蔵金のありかを示しているとか

他にもいろいろな解釈がある 不思議な謎を秘めたわらべ歌です

 

かごめかごめの唄って

「鳥」という言葉が出てくるし

もしかしたら 大鳥大社に祀られてる日本武尊の唄かも。。。

と ふと思いました。

 

大鳥大社には 近くに 4つの摂社があります。

大きい神社の周辺に小さな摂社があるというのはよくある事なのでしょうが

なぜだか ゲゲには

 

大鳥大社がその4つの摂社に囲まれてる。。。

もしくは

4つの摂社が大鳥大社を囲ってる。。。

 

と感じられて感じられて仕方がないのです。

 

かごめかごめの唄を

子どもの頃覚えた通り 口ずさんでみました。

 

かごめ かごめ

かごの中の鳥は いついつ出やる

夜明けの晩に 鶴と亀がすべった

後ろの正面 だあれ~

 

私が住んでいた地域では

かごめかごめ遊びとは

何人かが手をつないで円を作り

その真ん中に 目隠ししてしゃがんでいる子がいて(かごの中に入っているように)

その子の周りを 時計まわりに歌を歌いながら ゆっくり動いて

歌が止んだ時にぴたっと止まり

真ん中の子が 自分のま後ろにいる子を当てる

というものです

 

当たると

その子は かごから出られて円のメンバーになれて

反対に 今度は

当てられた子がかごの中に入って目隠しをします

 

当時は何も考えずに遊んでいましたが

今 漢字をあてると 「囲め 囲め」ということだと思います

なんだか 人に目隠しをして 大きいかごの中に閉じ込めてる

というイメージがあります。

 

私の 勝手な解釈ですが

この歌は

かごの中の鳥が出て 鶴と亀のところに飛んでいこうとするから

決して外に出してはいけません

その間に 鶴と亀は滑って再起不能になりました

内緒ですが 鶴と亀を滑らせた犯人は 後ろの正面にいますよね

 

という意味なんだと思えて仕方ないです

 

これを大鳥大社の日本武尊に当てはめてみると。。。

 

囲め 囲め

かごの中の鳥(日本武尊の魂)は

いついつ出やる

夜明けの晩に 鶴と亀が滑った

後ろの正面 だあれ

 

。。。

しばらく考えていたら

頭の中に

「神功皇后」…

と浮かびました

 

鶴と亀って・・・

神功皇后が滅ぼした かご坂王と押熊王…

もしかしたら 2人の母親・・・ 母親が出た家の一族・・・

さらには もっと拡大解釈すると成務天皇や成務天皇の母方の一族・・・

そして さらには 仲哀天皇の母親の一族…

 

…神功皇后にとって

今までのすべての政敵たち?・・・

 

次々に 浮かんできました。。。

 

神功皇后の子 応神天皇が天皇の位につくことができたのは

実は 神功皇后と家臣の武内宿禰が起こしたクーデターで

王位継承権を持つ かご坂王 と 押熊王 を滅ぼしたから…

 

という説があります。

 

ゲゲの推測ですが

景行天皇から 神功皇后までの間

一番子孫が繁栄して 長期間 実権を握れた勝者は

神功皇后

ではないかと思うのです

 

景行天皇の息子である日本武尊は 武勇に優れていたにも関わらず

東征のため 都へ戻る前に亡くなってしまいます。

生きていたら おそらく 次期天皇だったと思います。

そして 景行天皇の正妃であった日本武尊の母(播磨出身)も亡くなりました

(ということは 母方の一族=外戚は 天皇家の家臣としては 多少なりとも力を失ったという感じになると思います)

 

景行天皇の次に天皇になったのは 成務天皇です

母親は 八坂の入媛(父は八坂の入日子=崇神天皇の子 八坂は京都?)です

 

そして 次の天皇は 成務天皇の子ではなく

日本武尊の子 仲哀天皇でした

(ということは 成務天皇の母の一族は 今までの権力を多少失ったのかも ということになります)

 

仲哀天皇の母は 垂仁天皇の娘で 名前は両道(ふたぢ)の入媛(京都?)です

 

そして 仲哀天皇は 早くに亡くなり(同時に 母方父方の権力も弱まり…)

おそらく それ以前に

仲哀天皇の最初の妻(大中津媛 兵庫?)も亡くなっていて…

妻の父方母方の権力も弱まって…

 

ここまでの間に 天皇が次々代わり

そして 同時に 天皇の母 天皇の妻 も代わって…(当たり前ですが)

さらには 天皇の母の外戚 妻の外戚

と 推測でしかないですが

天皇をとりまく家臣の力関係が

次々変わっていったのです。

 

記紀では この頃の天皇家の家臣団についてはあまり詳しく書かれてありませんが

後の世の 中臣家 蘇我家の争いとか見てると

古代でも

大和の天皇家周辺では 天皇の母親の出身家による権力争いが

あったのではないかと思っています。

 

 

そして 仲哀天皇の死後

戦が起こります。

 

仲哀天皇の後妻(神功皇后 父は開化天皇曾孫)と

仲哀天皇の最初の妻の子ども達が(かご坂王・押熊王 兵庫?)

争う事になり

かご坂王 押熊王は 負けて 亡くなりました

 

この戦いの結果

勝って残ったのは 景行天皇の直系の仲哀天皇ではなく

仲哀天皇の妻 神功皇后でした

景行天皇が築きあげた大きな権力が

開化天皇曾孫の娘という 直系からかなり遠い皇后(=息長一族)に

移行したのです。

 

仲哀天皇の最初の妻 大中津媛は 祖父が景行天皇なので

血統からいえば 神功皇后よりも上になりますが

神功皇后は

自分よりも血筋の良いかご坂王 押熊王を滅ぼして

強大な権力を持ちました

 

そして

自分の息子が天皇位を獲得した後(応神天皇)

その政権は安定した形で 仁徳天皇へ続いていったのでした。

 

ゲゲ訳

 

 

囲め 囲め

かごの中の鳥はいついつ出やる

世空けの晩に 鶴と亀が滑った

後ろの正面 だあれ~

 

なぜだかわからないのですが

神功皇后が一番恐れたのが

景行天皇の命によって大鳥大社で祀られている日本武尊の魂

だったのではないか…

と思えて仕方ありません。

 

おそらく 日本武尊は

あれだけの偉業をやってのけたのに 都に帰れず

望郷の念を持ちつつ 苦しみながら地方で亡くなった

という事から

人々にとって 恐れる対象になってしまった…

と思います。(私は尊を大好きなので 〃ω〃

怨霊という表現は使いたくないです テヘペロ^^;)

 

なので 尊の3つもある古墳はすべて

巻向ではない場所に造られたのかもです

まるで 巻向の地に尊の魂は入れさせない

としてるような意図を感じさせます。

そして 最終的に 4つ目として 堺に 神社を作って

魂を祀らせました

 

理由はわかりませんが

3つの古墳だけでは何かが収まらず 神社も必要だったのか…

誰かが 神社で何かに使うためだったのか…

 

それとも 一つの古墳と一つの神社が造られた後

長い時間をかけて

それぞれ違う人たちが 2つ目と3つ目の古墳を造っていったのか…

(ゲゲも 過去記事で 色々考察してます)

 

崇神天皇 垂仁天皇 景行天皇は 大和の磯城郡で 政治を行いました

(ゲゲは この天皇3代で巻向に大きい都を作っていったと思っています)

 

日本武尊の腹違いの弟 成務天皇は

景行天皇の晩年

大和からかなり離れた近江へ遷都しました

これは

日本武尊がかつて住んでいてなじみのある纏向の都から

あえて離れたのだと思います。

 

ゲゲの推測ですが

おそらく 成務天皇は 自分が天皇に即位する前

老衰で体が弱っていた(想像です)景行天皇を 無理矢理説得して

巻向から近江へ連れていったのではないかと

思うのです

 

後世 極端な遷都として

乙巳の変で 蘇我氏を滅ぼした後 孝徳天皇が難波へ遷都したのが有名です

これは 飛鳥の地にあふれる蘇我の怨霊から逃げるためだったのではないか?と言われています

 

それと同じように もっと以前 成務天皇は

日本武尊の魂から逃れるために 遷都したのだと思います。

もしかしたら 孝徳天皇は成務天皇の真似をしたのかもしれません

 

そのように強力な日本武尊の魂ですから

日本武尊の息子の妻である神功皇后は

何はともあれ 義父の怒りを 相当恐れていたのではないかと思います

日本武尊の孫(夫の先妻の子ども2人)を滅ぼすために戦をしたのですから。。

 

記紀に 神功皇后の神頼みが

かなりたくさん出てきますが

日本武尊の祟りを恐れていたからではないか

とも思えます。

 

ゲゲの推測ですが

大鳥大社の回りにある4つの摂社は

神功皇后が 尊の魂を大社から出さないために

社を建て 何かの術をほどこして 囲った跡なのかも。。。

と思ったりします。。。

 

そして

民衆は それを知っていたのかもしれません。。。

でも はっきり言えば

古代の事ですから おそらく だめでしょう。。

 

なので 代々 内緒で口伝している間に

いつしか わらべ歌となり

かごめかごめの唄として 後世 語り継がれていったのかも。。。しれません。。。

 

ゲゲ訳

 

囲ってる 囲ってる

日本武尊の魂は

子孫を助けるため いつか 社から出そうだね

出てこないように 囲ってるんだね

仲哀天皇が九州遠征で亡くなって 天皇位が空いて暗闇だった時

大和を守っていたかご坂王と押熊王が失脚したね

2人を失脚させた犯人は 後ろの正面にいるよね

 

 

 

 

 

地図の上でのことですが

大鳥大社の後ろを ずっと北にたどって行って

東の方を振り向くと

正面を海側に向けた ○○大社があるんです。。。

 

なんか怖いので

はっきり書くの やめておきます (;*^^)v

 

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