Archive for 8月, 2015

日記

久しぶりに風邪ひいた~
毒出し 
毒出し

と思って 頑張って寝ていよう~~ 退屈だけど。。

あ でも 今夜のほん怖 観ないと~~。。
余計 熱が上がっちゃうかな。。

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今日という日に至るまでの そもそもの流れ 整理

今年に入って 私の中で今までの気持ちが整理されてきたというか

すごいスピードで 毎日 自分の人生における気付きというか

今までのもやもやが どんどんすっきりして気にならなくなってきているので

ここいらで 整理しておこう~~と 思いました

最近 色々とすぐ忘れちゃうのでw

自分で後で読み返す時のためにも!

 

とりあえずは 漠然としたきっかけというか

HONKOWAで 霊能者視っちゃんさんの漫画を読んで

ふと思った事かなあ~ とか 思います

 

その漫画は

優しくて大らかで他人になんでも与えてしまう出来過ぎた性格の女性(百合花さん)が

亡くなった後

離婚して別れた元夫(和孝さん)の現在の彼女

(キョーコさん=視っちゃんの従姉妹)に

とり憑いていた…

という

おおざっぱに書くと そういうお話です

霊感お嬢☆天宮視子シリーズ「黒の素顔」ひとみ翔

 

この百合花さんは

元夫和孝さんが彼女と離婚した後付き合い始めたキョーコさんとも

生前 優しく明るくにこやかに交際していたそうです

ですが

別れた夫和孝さんに対して

自分の子どものため以外に

とんでもない理由であれこれ

やんわりとお金を要求しては受け取って

惜しげもなく他人に与えていたという

 

はたから見たら

際限なく鷹揚というかお金に対して執着心がないというか

(出所は元だんななので)

何も考えずにただひたすら気前が良いというか

まあ 多分ですが

お金持ちでお金に苦労なく育った女性なんでしょうね。。

そして 死後

キョーコさんにとり憑いているのを

霊能者玲子さんが発見して

視っちゃんにバトンタッチするのですが。。。。

 

視っちゃんが 作者のひとみ翔さんに語った言葉が深いんです。。

 

「和孝さんに対する降るようなお金の要求も

もうそれ以外 彼との繋がりがなかったから…」

 

「本当は何が欲しかったかなんてわからないけど

怨霊化したその事実だけで———-

自分にウソをついていたのは間違いないよ」

 

「なんでも人に与えたいと言いながら

お嬢さん育ちで与えられるばかりの人生だった人だもの」

 

「本当に欲しいものが何なのかすら

彼女にはわかってなかったかもしれないね」

。。。

漫画の最後で 作者さんは

「キョーコさんは(中略)

日々欲しいものを手に入れる努力を怠らない

力いっぱい生きている女性です——–

そんな明快なキョーコさんは

百合花さんが本当に欲しかったものを持っている人なのでしょう」

 

と書いています

 

こういう漫画だったのですが

読んだ時 ゲゲは確か

 

こういう 一見 穏やかで何の執着もなさそうな女性が

死後 怨霊になっちゃうなんて…

んじゃあ

煩悩と愚痴だらけの私なんて 死後どうなっちゃうんだろう~

。。。。

だんなと義父母のところに祟っちゃったりして~~~(笑)

 

と 軽く思ったものでした。。

このマンガは おととい8月21日発売の

コンビニ版HONKOWAに再録になっていまして

購入して 読み返したわけなのですが

2009年初出 となっておりました

 

2009年といえば 今から6年前。。。

私46歳。。。まだぴちぴち。。

子どもが大学生 高校生と大きくなっていて

子育てから手が離れ

だんなと義父母の事も ほぼ諦めがついて(笑)

これから人生楽しむぞ~~~

と 思った頃でした

 

今 ブログを読み返したら

2009年という年は

ウィズさんという団体さんをネットで知って

そこのブログから

私が長い間 だんなから受けていたのはモラハラだった!!

と 初めて気づいて

占い師さんにお願いして

前世を視てもらった年でした。。

 

すっかり忘れていた。。^^;。。。

 

当時 この視っちゃんのマンガを読んで

私の心の琴線にちょっとだけ触れた記憶があるので

私は この時

マンガの百合花さんの生き方から

知らず知らずのうち

何かを考えさせられたのかも知れません。。

 

それから バタバタと月日が流れ。。。

 

おととし辺り。。。2013年頃。。。

だんなと義父母の人並み外れた変な言動がエスカレートして

さらに目につくようになってなってしまい

一緒にいて会話してると こっちがイライラして気が狂いそうになる

という状況が続き

ほとほと困っておりました

 

気付くと いつも 私は

義父母とだんなの変な言動・常識のなさを

思い返してはむしゃくしゃしてるという。。。

そういう感じになってしまっていましたので

 

ストレスは溜まる一方だわ、しかも発散できないわ、

心は少しも休めないわ、脳も悩みっぱなしだわ

 

と。。。すごい苦痛状態でした。。。

 

自分でも

もっと楽しい事を 自分の心と脳で考えたい!

あの3人の事をふと考えてしまう癖が

大変重荷になってきていたのです

 

しだいに

あんな馬鹿な人達のために 自分の心を割きたくない!

と 激しく考えるようになっていきました。

 

体も 頭の左側の偏頭痛とか

左ひざの痛みとか

心臓の恫性不整脈とか

左側ばっか おかしいし~~~!!!

 

そして ふと そういえば

だんなと義父母にいじめられた(過去28年)以外でも

過去45年以上の間

私をいじめた人達の事が

常に どこかしら 私の頭の中にあるよなあ。。。

と 自分で気付いたのです。。。

 

特に出てくるのが

次女が在籍していたマーチングバンドで

渋々 保護者会の会長をやっていた頃

他のきついママさんからいじめられた数々の出来事でした。。

 

そして やっぱり おととしあたり。。。2013年頃。。。

ふと気付くと頭の中に蘇ってきていたそれらの事について

ある日ふと

「え?。。。あれってもう10年も前の事じゃん!!

あたしったら なんでまだ そんな昔の事で苦しんでいるの?

なんで 10年も前の事 ちょーリアルに思い出しては 悔しい思いをしてるの?」

と気付いて 自分でもとてもびっくりしてしまいました。。

 

そして その同じく 2013年頃

所属していた宗教組織で

立て続けに嫌な思いをいっぱい体験しました。

(これは まとめて言うと

宗教の教えと書籍は大層素晴らしいのですが

教えを指導する「先生」という立場の人達がどうも。。。

残念な人達がいる。。。。。

ということです)

 

そして さらに所属する自治会でも

私を自治会長にとかいう とんでもない空気があって

じょーだんじゃない!!

と 私は 大層 腹をたてていました

 

今思うと

2009年と 2013年って

結構 ターニングポイントというか

そういう年だったんだなあ~。。。

不思議~~~。。。

。。。。

 

今 調べてみたら

義父母の店舗のリフォームも2009年だった~

すっかり忘れていた!

あの年 浮かばれないご先祖数名が発覚して

ゲゲが先祖供養したんだっけ!!

その前年の暮れに 宗教の先生が

ゲゲさんのご主人がおかしいのは 浮かばれないご先祖がいるのかもよ

とおっしゃっていたのが ほんとにいて!!

 

(((((°д°llll)))))

2009年 恐るべし!

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2015年5月22日㈮23日㈯24日㈰ 二泊三日 兵庫・岡山一人旅 思い出 日本武尊の奥様の吉備武媛様に会いに行きました

今は8月。お盆

田んぼの稲も大きく成長しました。

宮崎ではもうお米がとれたそうで 季節の移り変わりの早さをしみじみ感じております。

私が旅行で西日本を訪れた時は ちょうど どこもかしこも田植えの時期で

稲もまだ小さくて 水田にはお水がいっぱいでした。

水田に滔々と流れいる用水路のお水に頼もしさを感じながら

初めての道を1人できょろきょろてくてく歩いたのが

昨日の事のように思い出されます。

 

今 ニュースや新聞で 岡山県のどこそことか 姫路とか 神戸とか 市や町の地名を聞くと

あ あそこら辺だ~!大体の位置関係がわかる~~

と 懐かしく思い出しています。

 

今回の旅行を振り返って まず一番に想うのが

自分の足で無事に旅行が出来て 元気に自宅に戻れて良かった~

です。

あたりまえの事だけど 一番大切な事かも。。

と思える年代になりました。

神様が守って下さったんですよね。。きっと。。。ありがとございます!

 

倉敷の穴門山神社へはたどり着けなかったので

いつかリベンジをと思い

旅行から帰ってきて さらにまたいっぱい調べさせて頂きました

(負け惜しみじゃないけど^^; もし 神社に予定通りにたどり着いていたら もう調べ直す事はしなかったと思う。。。だから たどり着けなくて 正解だったのかも。。。ww)

ネットの資料をあたらせて頂きましたが

吉備 播磨 丹後 難波 等々。。。

あの周辺の地域の深い歴史には ほんと改めて

すごいな~。。。と再感動させられました。

 

日本武尊を追って 今回は 奥様だった吉備武媛の地元を訪れたわけですが

吉備一族と日本武尊の関係については

両者は 深い愛情で繋がっていたのかも。。と思えました。

勿論 景行天皇のいる大和との利害関係も多々あって

武媛と日本武尊は政略結婚なのでしょうが

尊は 自分より年下の武媛を可愛く思って愛していたと思います。。

(根拠はないんだけど なんとなくそう感じるというか。。。w)

 

武媛は 東征の途中 走水で亡くなった尊の妻 弟橘媛の事件について

何かこう心にくるものがあったような気がしてなりません。

(根拠はないんだけど なんとなくそう感じる。。w)

もしかして 武媛も 東征に 自分の父親と一緒に付いていったのかなあ。。。

年齢は幼いだろうけど 身分は高いから 姫軍の大将クラスだったのかも。。。

 

私は今回の旅で 岡山県では海を感じる事ができなかったのですが

考古学的には 吉備地域と海はとても重要な関係だそうです。

吉備は 船を使って外国と行き来し 莫大な富を築いたと言われていますし

きっと 武媛も 幼い頃から 海・陸・山を自由自在に駆け回っていたような気がします。

 

私が旅行から帰ってきて 次の日 車を運転して「銀魂」の歌を聞いていたら

一曲 鳥肌が立った歌がありました。

私は 旅行から戻ると なんか憑いてる?ようで

自分の気持ちとは全く関係なく 突然鳥肌が立つのです。。^^;

 

曲は「シギ」の「輝いた」でした

特にこの部分にぶるぶるっときました

 

♪この道が正解とは限らないから

僕はいつもひとり立ち止ってしまう

だけど踏み出さなきゃ何も見えない

君は言った「正解なんてあとからついてくればいい」

その大事なものは捨てちゃダメだよ

辛い時は進んでいる証拠 そう思えばいい ♪

 

私が想像するのに 吉備武媛は 結婚後も吉備の親の元にいたと思います。

なので 日本武尊が 通い婚の形態で 時たま会いに行ったのではないかと思っています。

武媛は 吉備の国の 多分 穴門地域辺りのお姫様で しかも名前に「武」を持つ 軍事にも優れた武士的立場ですから

国の経営とか 大和とかの地域との付き合い方とか

若いなりに この先の事を色々考えて

時には国の未来をおもんぱかって悩んだ時期もあったと思うのです

父や他の親戚や兄達と意見が違って イライラした事もあったかもしれません。

そういう時に 人生の先輩である夫の日本武尊に 色々相談した事もあったのではないかと 勝手に想像してます。

日本武尊は おじいさんが吉備の人ですから

武媛は幼い頃からかなりの親近感を持って ちょっと年の離れたお兄ちゃん的に尊の事を慕っていたような気がします。

 

日本武尊という人は

古事記からは 父の元でかなり苦労していた感じが受け取れますし

父の後を継ぐ予定の義弟(成務天皇)の母親は美濃の人(八坂入媛)で

吉備氏ではないですし

しかも義弟に付いてる臣は

後に神功皇后政権下で大活躍する 武内宿禰(紀伊国出身)ですし。。。

流れ的に なんだか 尊(母は播磨出身)からは違う方へ行ってるような。。。感じがあります

。。。

吉備のおじいちゃんの力をバックに持つ尊としては

なんかこう 父政権のもとでは かなりの苦労を強いられていたのではないか。。。と思えます。

なので 尊は その大変な中で

自分的に 強く生きる智慧というか信条みたいなものを 心に持っていたのではないか。。

と 勝手に想像してしまうのであります

 

なので 色々悩む武媛に対して 尊は

「正解なんて後からついてくればいい

辛い時は進んでいる証拠 そう思えば良い」

と アドバイスしたように感じられて仕方ありません。

 

尊も 軍隊を引き連れて 大和から遠く離れて東征してますから

時には「どうすりゃいいんだ」とか 「やってらんねー 投げ出したい」とか「早く帰りたい」とか「逃げたい」とか 苦しい とか つらい とか

ほんとにたくさんの事を考えながら

でも

「父の命令の元 進むしかない!正解は後からついてくる!辛い時は進んでるんだ!」

と 自分に言い聞かせながら戦ってきたと思うのです。。

 

こういう事を勝手に想像していくと

日本武尊が能褒野で亡くなったと聞いた時の武媛のショックを想うと

とても気の毒になります。。。

 

尊が亡くなる前は 武媛にも子どもが生まれていますから

もしかしたら 親子ともども 大和で暮らしていたのかも知れません。。

尊の葬儀が終わった後は 吉備へ帰ったのでしょうか。。

 

一応 景行天皇の後の成務天皇は 妻として吉備郎女という人をもらっていますから 吉備の国は大和政権下に置いては安泰だったのでしょうが

武媛としては 子ども達の父親と 自分の精神的よりどころを喪って

さぞかしつらかったのでは。。。と 推測してしまいます。。

 

でも その後は

私はくじけない!頑張る!吉備のため!子のため!

と 吉備の国のために一生をささげたように思います。

そして今も

山の頂にある穴門山神社から 海や里の様子を見守ってらっしゃる。。

と思います

 

勝手に1人で盛り上がってますが

私が 大阪の神社で 吉備武媛になんとなく魅かれたのは

そういった事を感じたからです

色んなご苦労があったろうに それにも拘わらず

武媛様ご祭神の神社からは

落ち着いた月夜のような 研ぎ覚まされて凛とした

晩年の宮本武蔵みたいなすべてを悟った剣豪のようなイメージが伝わってきたのでありました。。

 

最近 前の事を忘れちゃう事が多いのですが(笑)…いや… 笑えない…)

確か 尾張で 草薙の剣を守り通したミヤズ媛は

夢で見たら 前田敦子さんに似てました w

 

吉備武媛のびじゅあるは 今 ぱっと浮かんだのが

おかっぱで 目がくりっとしたバレー部の主将

です! (なんとなく。。)

 

↓ 今回の旅のお土産♥

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おいしゅうございました~!!

 

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2015年5月24日㈰兵庫 一人旅 其の十二 日岡陵

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↑ 駅のホームにあった看板

12:00 人丸駅

↓ (普)山陽電鉄本線

山陽明石

↓  徒歩5分

12:12 明石駅

↓   (普)JR東海道山陽本線

12:36 加古川駅 着

12:42  〃   発

↓  JR加古川線

12:44 日岡駅

優しい方がいて 加古川から乗った電車で

座席に座ってた若い女性が 床に荷物がいっぱいあるのに 私に席を譲って下さろうとしてくださいました。

一駅だけなのでご丁寧にご遠慮させて頂きましたが ありがとうございます。嬉しかったです。

彼女の方こそ 私より重そうなリュックサックとか 3つ位荷物があったのに…。

なんて優しい方なんだぁぁぁ~~~!!!

 

日岡駅から 地図を頼りに 古墳を探しました

古墳は 日岡山公園の中にあります

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道を行き過ぎたり戻ったり 原点に戻って探したりして

無事 日岡陵へ到着できました

一本道を左折すれば良かったのに 右折したので 迷っちゃいました(笑)

公園では 親子連れがお弁当を食べていたりして

幸せそうだったなあ~ (´▽`)ノ

 

古墳は高台にありました

素晴らしく美しい雰囲気を持つ宮内庁管理の陵でした

↓ 日岡陵

宮内庁は いなびの大郎女(おおいらつめ)の陵として指定

景行天皇の最初の后で 日本武尊のお母さん

「画像解析古墳墓碑」では 被葬者は いなびの若郎女

(いなびの大郎女の妹かも と言われている)

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↓ 古墳には 蛇がつきものみたいですが

やっぱりそれって 巳さんが古墳の主を護っているような気がする…

古代の 蛇関係の宗教というか。。。

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美しく凛としたたたずまいの古墳でした

決して華美ではないですが にじみ出る気品の高さを持っているっていうか。。

いなびの大郎女にしろ いなびの若郎女にしろ

播磨の女性はとても気高く 内面も外見も美しくて

景行天皇からとても愛されたのだろうなあ。。。と思いました。

日本武尊の事で 何か知っていたら教えて下さい!

と こっそりお願いしてきました

大きい蝶が飛んでいたっけなあ~。。。

私が訪れる天皇関係の陵には よく飛んでる気がする~。。

 

↓ 日岡神社

ここは 古事記に載っている

大吉備津彦命と若建吉備津彦命が針間の氷河の前にいわひべをすえて

ことむけをした場所ではないか と言われているそうです

時間がなくて 寄れませんでした~ 神様ごめんなさい!

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↓ 日岡駅

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↓ 駅から見た古墳の方角

いつも思うけど 古墳の上空って雲がきれい

龍道が通っているのかも~~

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ちょっと駅でのんびりしました 電車待ち~♪

13:54 日岡駅発

↓ JR加古川線

13:56  加古川 着

13:51の加古川発が12分遅れだったので それに乗りました

JR東海道山陽本線

14:13頃   姫路駅 着

いったん外に出て 駅から望遠で昼間の姫路城を撮影しました

真っ白できらきら輝いていて きれいだった~~☆

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姫路駅周辺で お土産を買いあさりました ♥

16:59 姫路発

↓  新幹線 のぞみ136

20:03 東京着  途中 夜の富士山も見えました~

混雑している東京駅で買い物したりのんびりして

21:24 東京発

↓ 東北新幹線

22:09頃 宇都宮着~~

 

無事 到着しました~~

ポロンさん どんちゃん 応援ありがとうございました~~ \(^o^)/

お天気にも恵まれて 楽しかった~~~!

 

午前の散策で 交通機関の移動の具合や時間によっては

午後 日岡駅の日岡陵へは参拝できないかも。。。と覚悟していたのですが

驚くほど すいすいと移動できて 無事にお詣りできました

旅行の神様 ありがとうございます~~!!

 

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山の怖い話

季節柄

怖い話が読みたくて ネットで 怖くて不思議な話 特に 山の怪を

検索しては読んでます

 

うわ~~~!!怖い~~~!!って ドキドキしたり

やっぱり 山の神っているんだねえ~ と驚いたり。。

古くからの恐ろしい因習にびびったり。。。

 

うちの父(79歳)は今でも山に登って 無事に帰ってくるから

山にはご縁があって しかも守られているんだと思う。。。

 

やっぱり 現代でも 山って不思議~~!!

だから 古代の日本武尊が

山の神を退治に行ったのとか まぢありえる~~~~

って思う。。。

 

ネタもオチもなくてすみません。。

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2015年5月24日㈰ 兵庫 一人旅 其の十一

↓朝霧駅の南口?のほう 海浜公園になっているのかしら~

楽しそうだった~~ 皆さん~~

あちこちから

「予報では雨だったけど 晴れたね~」の声がしました

そうなんです。。

思いっきり天気予報が外れて

かんかん照りの暑い日になったのでした。。

とてもきれいな景色でした~

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↓ 私のお目当ての地名「狩口」

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南口?駅前はすっかり整備されて

狩口の地名を思わせるようなものは何もなかったでした。。

よくわからないけど ネットで調べた感じでは

カゴ坂王が古代 神功皇后達に勝てるかどうか占いをするための狩りを催した場所なので 狩口というんだとか。。。

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南口?のロータリーには 「矢場」という史跡があったそうなのですが

再開発でなくなってしまっているそうです

ゲゲも しばらくうろうろして探したけど

それらしきものはありませんでした。。

↓ ゲゲの妖怪アンテナで 狩りをしてカゴ坂王が猪に襲われた場所って

なんとなく この写真のずーっと遠く辺りかな~と 思いました。。

南口から 東方面を撮影

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この後 朝霧駅北口に戻り タクシーに乗りました

タクシーの運転手さんが

細い坂道の住宅地をくねくねと上手に走って下さったのですが

ちょっと大きい道に出ようと スピードを落としてブレーキを踏んだ途端

若いお兄ちゃんのバイクが こっちを見ずに右折突進してきて

タクシーに気付いて びっくりして転んでしまいました ^^;

幸い バイクもお兄ちゃんもタクシーも無事で。。

なんのもめ事もなく 2台は別れ タクシーは走り出しました。

タクシーのおっちゃんが

こっちがスピード出してたら どーん! でしたわ!

と おっしゃってました

ぶつからなくて 良かった~~ (^◇^;)

バイクのお兄ちゃんとタクシーのおっちゃんが喧嘩にならなくて良かった~~ (^◇^;;)

関西の人達は 優しいね~~ ^^v

 

これが 後で考えたら また

猪が突っ込んできたみたい。。。

と思った次第です。。第2弾。。。

ぶつからずに済んだという事は 運が良いなあ~。。。守られてる?

と感激しました♪ 神様 ありがとうございます!

 

↓ 柿本神社

何年か前 柿本人麻呂について調べていた時期があって

いつか行けたらな~~と思っていたのでした

市立天文科学館のすぐ北です

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柿本人麻呂先生?が 奥で勉学をしてらっしゃるような

そんな落ち着いた風情のある神社でした。

 

↓ 天文科学館の天文台? 天体観測もできるのかな?

神社の目の前に そそり立っていて ものすごく大きかったでした!

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↓ 神社を出て この階段を降りて 道路に出ました

神社に入る時は 歩き疲れてた?ゲゲの空気を察してくれたのか^^;

タクシーの運転手さんが 神社の駐車場まで車で上がってくれたのでした。

細い道を スムーズに運転して下さってありがとうございます!!

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↓ 天文科学館

子どもが喜びそう~

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↓ 駅へ向かって歩いていたら 「馬塚」発見

ここは昔からの道なんですね。。

平家の頃から もっと前の~。。

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↓ 「人丸駅」 近畿の駅百選 というのに選ばれたんですね!

趣がありますものね!おめでとうございます!

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↓ 駅のホームにいたら よく見えました♪

天文科学館の天文台? 時計塔にもなっているんですね

この後 12時の音楽だったかチャイムを聞くことができました

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2015年5月24日㈰ 兵庫 一人旅 其の十

 ↓ 五色塚古墳で購入しました~

その土地でしか買えないものをゲットできるって

すごい嬉しい~~ ♪

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↓ 五色塚古墳(千壺古墳)の西隣にある小壺古墳

直径70メートルの円墳

「画像解析 古墳墓碑 池田氏」によると

この近くで猪に襲われて亡くなっカゴ坂王の古墳だそうです

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↓ 上空に 鳳凰みたいな雲が出てました~~

朝 五色塚古墳にたどり着いて 良い天気だな~って

小壺古墳の上を見上げたら こういう雲が出てました~

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↓ 五色塚古墳上から見た小壺古墳

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私は 五色塚古墳こそがカゴ坂王の古墳ではないか

と思っていたのですが 現地を訪れて感じた結果

この五色塚古墳は

カゴ坂王と押熊王が生前 父 仲哀天皇のために造った古墳なのかも・・・と思い直しました。。

 

神功皇后達は 中津山古墳(今現在 なかつひめの命の陵と言われている)を 仲哀天皇のために造ったみたいです

(なかつひめの命の古墳は 岡ミサンザイ古墳だそうです)

 

↓ 五色塚古墳の東隣りの公園

案内板のそばにゲゲの旅行用リュックとバッグ一式が・・・(^◇^)

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古墳の堀部分は 開発業者さんのご厚意で公園として残ったんですね~

DSCN1474

一日中ここで過ごしたいほど気持ちが良くて

ものすごーく名残惜しかったのですが

次の場所を目指して また 垂水駅に向かって歩きました

 

11:09 垂水駅

↓ (普)JR東海道山陽本線各停

11:13 朝霧駅

 

目的は カゴ坂王が猪に襲われた場所があるそうなので

その大体の場所にカメラを向けて

朝霧駅から東の舞子方面を撮影するという

大変マニアックな事。。。です。。。(^◇^;)

とある方の霊感ブログにそのような事が書いてあったので。。

私もぜひ訪れてみたい!と 思った次第なのでした。。

(はっきりした場所がわからないから 遠くから写真を撮るだけ~)

 

↓ 駅の北口から 東の舞子方面を撮影

ゆるい下り坂です

今は近代的なビルが立ち並ぶ都会の景色で 海も見えませんが

古代はきっと この道もなく

海に隣接する草原がどこまでも続いていたのでしょうね。。

猪やら鹿やらキツネや狸。。 いっぱいいたのでしょうね。。。

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↑この写真を撮るすぐ前 不思議な出会いがありました。。

 

朝霧駅に着いて 北口から電車を降りて 地図を見ながら↑この道を探して 歩道を歩いていたのですが 上品な天理教の女性の方から

今度 来月にこの近くでお話があるので ぜひ聞きにきませんか

というお誘いの声掛けを頂いたのです

 

ですが 私はちょっと驚いてしまいました

普通はこういうのって 地元の方に声をかけるものだと思うのですが

私の服装が 都会を散歩するおしゃれな地元の方からはかなり遠いものだったので。。。

背中にリュック 肩にはショルダーバッグ 帽子をかぶって杖をついて 手には地図

いかにも旅行者丸出しのファッションでした。。。

周囲には きれいな恰好をした買い物客とかがたくさん歩いている中を

どうして私に?と びっくりしてしまいました。

 

私が

すみません 関東からの旅行中で 今日 栃木に帰っちゃうんですよ~

と 答えたら その方が大層びっくりされて。。^^;

その方のあまりの驚きっぷりに 私のほうが驚いてしまった次第です。

その方とは ちょっと立ち話をしたのですが

私が旅行者だとは全然思わなかったそうです。逆に

どうして杖をついているんだろう。。足が悪いのかしら

って 思ったそうなんです。。

 

いやいやいやいや。。。普通 あんな素敵な街を

カメラが入ったみたいな登山するようなもっこりしたリュックを背負って 歩いてるんだから 山登りかハイキングする人でしょう~~~!!! (^O^;)ノ

足が悪くて杖ついて歩くにしても もっとおしゃれして ステキなバッグを持って 歩くと思いますよぉぉぉ~~

 

私は 「古代のカゴ坂王が猪に襲われた場所を見に。。」とは決して言わずに ^^;

歴史がある町なので 史跡めぐりしてます。。。

と答えました。

その方はとっても良い方で 朝霧の観光名所をいっぱい教えてくれました。

夜 橋がライトアップされて とてもきれいなんだそうです~

(見れなくて残念!)

お礼を言って お別れしました。

 

しかし ほんと 不思議だったのは

その方が天理教の方だったという事です。。

天理教と言えば 本拠地は奈良県天理市。。

天理市といえば 日本武尊の父 景行天皇の宮と古墳があったところ。。

巻向(まきむく)からも ちょー近い 日本武尊のゆかりの地。。。

 

もしかしたら 日本武尊の息子である仲哀天皇にとっても ゆかりの地。。

もしかしたら 仲哀天皇の息子達 カゴ坂王と押熊王の2人にとっても ゆかりの地。。。

 

。。。うーむ。。。

。。。

偶然だったのでしょうか。。。

 

そして さらに 驚くことが。。。!

私は ↑の写真を撮った後 朝霧駅北口周辺をうろうろしてました

交差点の横断歩道を渡ろうと 赤信号で止まっていたら 道路をはさんで目の前に さっきの天理教の方がいたんです。

で 信号が青になったら その方が 「あ そうそう~」とさっきのつけたしで観光名所を教えて下さろうとしたらしく 横断歩道を歩いて ゲゲのそばに来てくれたんです。

ですが その方が 横断歩道を斜めに歩いたものですから

信号待ちしていたマラソン中のランナーの若い男性が 走り出した途端猛スピードでその方にぶつかりそうになって

しかも上りの坂道だったので よけるのも大変だったようで

「ああっ!!」

と(あーもうー邪魔ー!!という うっぷん晴らしの声だったのでしょう) 一声大声を上げると ぎりぎりセーフでなんとか私達をよけて 歩道を駆け上がっていきました。。

あ~~~ ぶつからないで良かった~~!

と 思ったのですが

私は

ん???。。。

これって。。

なんだか まっすぐにしか進めない猛スピードの猪がぶつかってきたみたいな。。。

・・・

カゴ坂王は 猪がぶつかってきて亡くなったけど

私と天理に縁のあるこの女性は

猪みたいなランナーがつっこんできたにもかかわらず

彼が文句を言いながらもなんとかよけてくれて

結果的に助かった。。

 

。。。

なんだか なんだか

偶然というには あまりにも不思議な。。。

 

私 52年生きてきて マラソン中だかジョギング中の人とぶつかりそうになったなんて 初めての経験だし。。。^^;

そうそうあるもんじゃない。。。ような。。。。

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