1月 2007 のアーカイブ

4n96-yume

2007年1月31日
私が好んで使ってますが シンクロー夢です
4n96と 字をあててます~ 携帯も使ってます
みんなには わからん!と 大変不評です~(^・^)
ウオーターボーイズでは にゃいです~
同調?とかのシンクロです~
 
すぴりちゅあるの用語らしくて
いいものにシンクロして 幸運を呼び寄せる
みたいな感じで使われるみたいです~
 
特別いいこともないけど、特別悪いこともないので
気にいってます~~
 
シンクロと 言えば この間、
長女にちょっとした異変がありました~
 
センター試験の結果で 受験する大学の再検討を
行うのですが、長女も安全のため
もうひとつ ランクを下げた学校を受験すると
先生と相談の結果決めて 帰宅しました
先週の金曜日です
 
で、ものすごい落ち込んでいるのです。。
??ショックだったのかな~
いや、でも、そんなくらいじゃ落ち込むような
感受性が鋭い人間ではないはず・・
と 18年間の長い付き合いの私は思いました
割とでんとしていて 結果オーライの人間なのですよ~
 
??と思って 日曜日 NHKの大河を見ていたとき
ぼそっと長女が口を開きました
実は 他の子たちも 金曜日 先生と大学の最終相談を
していたのですが 一人の女の子が
ショックを受けたらしく 泣いて部屋を飛び出してしまったそうなのです~
 
長女は それを凄い気にして
肩が痛い といいながら その彼女の心配をしてました。。
 
なるほど~~と わかりました。。
長女は 友人の悲しみにシンクロして
それを 自分の体にくっつけていたんだ~~
右肩が 刺されているように痛い と言っていたので
多分、その時の友人の悲しみを
肩に ぐさっと入れて持ち帰ってきたのでしょう~~
 
月曜日 元気な友人の姿を見た長女は
やはり元気になって帰ってきました
いつもの長女でした
本人も んな大学のランク下げるくらい
別に興味ないし、関係ない と
自分のことなのに他人事という いつもの調子でした。。
 
ちょっと、人の悲しみとか その場の空気を気にする子なので
友人からもらってきたのでしょう~
 
でも、多少は自分の成績を気にして
もっと勉強して欲しい。。。とも思いましたが
ぐっとこらえました~~
 
おととしですが 仕事場のそばの交差点で
車二台の事故があり 3人が死亡と痛ましいものでした
私は次の日 現場を通って 何かあったとはおもったのですが
特に何も感じませんでした
夫の両親から聞いて そうだったんだーと思いましたが
やはり、特には何も感じませんでした
 
異変が起きたのは 夕方 事故を知った多くの
友人たちが 事故現場を訪れ
大量のお花、お線香、お菓子、飲み物、果物、
亡くなった若い男の子の写真 などを
お供え始めてからです
 
そこにちかづくだけで ものすごい頭痛と
酷い時は 吐き気がしました
。。なんというか その場の空気が変わってしまったのです~
 
泣きながらしゃがんでいる女の子達とか
たくさんいて 現場は 深い悲しみにつつまれてました
 
私は あー 生者達の念なんだ、これ
って思いました~
そこは 事故が多い現場なのですが
なんか、その花束などを供えた結果
さらにもっと 空気が淀んできているような
そんな気がしました
 
近くに ちょっと 古い史跡 とかあるので
多分 昔から 要注意の 場所らしいです。。
 
供養のつもりの 花 とか お線香が
なんだか そうでなくなっているような。。
不思議な経験でした
 
今は 花のお供えもなく、落ち着いた様子になっています
 
花のお供えも そのまま置きっぱなしだと
傷んでくるので
かえってよくないなーと思いました
お菓子もジュースも傷んで
見た目もよろしくありませんでした
近所の人が片付けてました~
 
亡くなった方にはほんと ご愁傷様でしたが
生者の悲しみの念にひっぱられないよう
そこを車で通るときは
特に気をつけてます。。
そういうのには
シンクロしたくないと思っております。。
 
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前世

2007年1月30日
暗いお城の中を歩いていって 突き当たりにあるドアを開けると
そこには あなたの前世が。。。
というのを、読んで ある日 やってみました~
 
私は どうもうじうじ悩んでしまう時があって
つまんないとこで責任感だして 全部を引き受けて
苦労しちゃうようなところがあります~
 
多分 そうしてストレスで 風邪ひいて。。
人生つらくなって。。
という悪循環だった 頃かな~
 
結構、 そうして想像しながらやるのって
難しいのですが なんとか 眠る前、布団の中で
城の中を歩いてるとこを想像して
ドアを開けました~
 
そこは 中世の土地にたつ城でした 平和な時代のようです
戦争があっても 遠い地でした
自分は 王子でした、白いタイツはいたような~
16歳くらい?
王子と言っても 体も弱く もう王位は継げないのは
回りもわかってました
 
上に兄がいたような 弟がいたような
そんな境遇でした
ですから 毎日 のんきに馬にのって 一人で
お散歩へ行ってました
誰からもほっておかれてました
 
隣りの城に 2歳くらい年下の女の子がいて
いつも遊びに行って その子とお気に入りの木の下で
ひなたぼっこしながら 座って遊んでました。
そばに ぶどう畑がありました
無邪気な可愛い女の子でした。
その子にも侍女とかは一切ついてませんでした
多分 重要視されてなかった子でした
 
次の場面で 私は お城の暗い部屋のベッドの中で
苦しんでました
もう そのまま死ぬところのようでした
あいてるドアの向こうで
父王と 母后が じっと自分をみてます
もう、あの子は助からない
と言う目でみてます
 
そして 私は死んでしまいました
私の死後、隣の城の女の子は私の子の妊娠がわかって
さっさと やっかいばらいのように
他の城の王子のもとへ嫁にいかされました
 
私は なんのための人生だったのだろう
と自分の人生を思っています
 
とこういうのが 王子目線で
ぶばーっと見えたのです~
他の人の気持ちも読み取れるので
面白いナーと思いました
 
これは 実際の前世ではないかもしれませんが
とりあえず、自分の心がひっかかっていることを
具体的に 脳や心が映像として見せてくれているそうなので
これをヒントに 今悩んでいることを解くのだそうです。
 
本当は 誰かプロに誘導してもらうか
誘導テープをつかうと
いいらしいです~
 
で、今、体が丈夫ではないのが
なるほど~ と思いました
なんでも 引き受けて苦労してしまうのは
王子の時、誰にも相手にされてなかったから
その反動と思いました
 
愛した女の子を幸せに出来なかったのが
多分、自分ががんばらないと人を幸せにできない
と 無理に色々人のために苦労してしまう
というほうに出ていると思いました
 
とりあえず、王子くんを自分から
ときはなってみました
君は充分がんばったよ
生きるってだけで 人間すばらしいんだよ~
 
これは 3年前くらいにやったものなので
今またやってみると 別のものが見えるかもしれまへん~
 
でも、なんか 今は これを見てから割と
楽観的になったので、
王子ちゃんが私の中から解放されたかな~
と思って、特にやってみたいと思わなくなりました~
 
一度、江戸時代の 商人で 番頭として
えらい苦労してる自分の前世も
見たことがあります~
上からたたかれ、下からは文句を言われ。。
という番頭さんです。。悲哀です。。
 
お題は sashaさんからのコメントの 前世 の文字でした~
sashaさん ありがとうございました~\(^o^)/
夢に見たってすごい能力ですよね
私も夢で見てみたいな~と思いますよ。。
 
小さい頃、男に生まれたくて仕方なかったんですよね~
よく 仮面ライダーごっこを やりましたよ~
 

ご先祖の思い

2007年1月29日
もはや私の口癖となりましたが
先祖は 新田義貞に仕えていた I 家の 家来、
戦に負けて逃げてきた
という伝承が伝わっています
 
で、時に思うのですが、先祖の血をひいている以上、
何かやっぱりかかわりがあるよな~ と。。
 
ある本で読んだのですが、やはり
先祖や、先祖の暮らした地域の人々が
・・こんな土地はいやだ、もっと都会へ行ってみたい。。
とかいう思いがものすごくあると、
それは子孫に念として出てきて、その子は
東京へ行って 無理してでも一旗あげたくなるのだそうです。。
 
実は 私もものすごくそういう部分があるので、
同感できるのです。
他の土地へ行きたい!。。。
 
夫がよく言うのですが
オリンピックの銅メダルならいらない、とるなら金だ!
。。。私には理解できません。。
私は 銅をとり、次に銀、次に金 と
銅メダルに対して 明るい未来を描けます
自分の年齢で 次回は4年後オリンピックに出場できない
とわかっていても、銅メダルを次へのステップとして
とらえて、努力を重ねてチャンスを待とうと思います。。
 
こう言う考えは 戦国武将の考えかなーと
思ったりするのです。。
虎視眈々と 着実に次の機会を待つという。。
結果が期待にそぐわなくても
次の機会を待ち、どんどん地位を高めていくという。。
 
うおー 怖いー!
 
新田義貞 という武将は 変わっていて
天皇のために戦をした人です
鎌倉幕府を滅ぼしますが 
後醍醐天皇は 足利尊氏につき、
いつのまにか 足利家×新田家 の戦になり、
最期、負けてしまい、討ち死にしてしまう
悲運の武将です。。
 
鎌倉、京都、越前、など 日本をあちこち
戦してまわって 南朝・北朝の混乱の中、
数々の悲しい話を残した新田家なので、
さぞ、たくさんの思いが その家来にも
足軽たちにも残っていると思うのですよ。。
 
実家は 親戚一同、
やっぱり、天皇 のことを悪くいう人間は
ひとりもいないです。。
高校の受験一つにしても
親戚中、もっと上をめざすタイプです
安全圏で安心してる性格の人間はあまりいませんね~
 
地元というのもあまり意識してないように思います
チャンスがあれば どんどん外へ出ようという感じです
 
で、最近気付いたのですが
実は 分家出身の人が 日本の関東以外のとこで
政治にかかわっているのです。。
私の父が教えてくれました
割と大物なので、ブログに名前は載せられないのが
残念です~
 
よく考えたら、新田義貞 に縁の深い土地なんですよね
そこって。。。
 
多分、私の先祖も新田について そこまで行って戦をして
たのではないかと思うのです。
で、負けて こちらへ逃げ帰ってきた。。
先祖の思いの中には
その土地で天下をとりたかった!というのが
あったと思うのですョ!
最期、きっと、あそこで勝ってれば!
と思いながら亡くなったような気がするのです!
 
そして約660年たち、先祖の血を引く子孫が
みごと、かの地で 政治の権力を得たのです~
 
なんか、因果を感じましたね~
 
どうして その人は 地元からそんな離れたとこで
政治をやっているの~?と思ったのですが
きっと、先祖が そこへ行け~そこへ行け~
と導いていった気もするのです~
 
もちろん、その人のやる気と努力が実った結果だとも
思いますが、先祖も少ーし 後押しをしたんではないかと
勝手にゲゲは思うのです。。
 
父に言ったら
あー、なるほどなー と 言ってました~
 
私は結婚までは すごく 外へ出たい!でも出られないみたいな
感じでした。。
イギリス留学とか チャンスはいくらでもあったのに
なぜか 臆してしまっていけませんでした
なんか、外で失敗したら。。と言う気持ちがあったのですよね~
ものすごい慎重さというか。。
心は ものすごく外国へ憧れて
出たい!出たい!と叫んでいるのにです。。
 
結婚は絶対 地元の人間はいやだ と思ってました
なんででしょう。。。
なんか、栄えがない、と思ってたんですよね。。
よその土地と縁を結びたい、というような気持ちが
ありました。。これも先祖の因縁かにゃ~
よその土地と手を組む みたいな。。
 
今は 結婚してこの名字に変わったら
あまり何も気にならなくなりました
東京への妙な憧れの気持ちもなくなって
異常なほどの上への上昇志向も
以前よりはなくなりました。。不思議です。。
 
夫の名字の先祖は なんだか お殿様だったらしいのです
。。多分、平和な時代のお殿様だったような気がする。。
お飾り的な。。
夫をみると そんなふうに思います。。(毒)
危機的管理能力に長けてないし、、
自分の思い通りにならないと怒るし。。
突然の出来事にすぐうろたえて
一家の長として適切な行動とれないし。。
周りが みんな自分にかしずいてないと不機嫌だし。。
 
そんなことでは 陰謀うずまく戦国時代。。いや、平成を乗り切れないよ
と思うのですが。。
いやきっと、私の実家が個性が強烈なのでしょう。。
負けず嫌いで 作戦を練るのが大好きという。。。
おそろしい 家風 ですね。。
 
母も 結婚して 名字が変わったら 強烈な個性に
なった気がする。。
結婚前は もっと ほんわかした人だったらしい。。
 
お題は sashaさんの おとといのコメントからヒントを得て
頂きました~
sashaさん ありがとうございました~\(^o^)/
 
平家の方って たいら、(平良、多比良など) ひら(比良、平など)
 って名字は全部ご子孫って聞いたことがあります~
栃木の山にも 落ち武者伝説があります~

創(きず)

2007年1月27日
刃物で切った場合など、体の皮膚の線?面?に沿うと
痕が残らない、と聞きました
 
中学生の頃、腕のおけけが いやで かみそりでそろうとして
ついうっかり、 ぴーっと やってしまいました
すぐ数日で治ったものもあれば
いまだに薄く残っている傷痕 もあります
 
にゃるほど~
人間の皮膚はよく出来てるものです~~
 
小学校低学年の頃、近所の年下の子の家に行き、
当時モダンだった ソファーと 大理石のテーブルが
新鮮で、 ソファーの上にのってピョンピョンはねてました
家の人は留守でした
 
で、着地に失敗
テーブルの角に唇の下を打ち付けて
多分 上の歯が当たったのでしょう
血がでてきました
泣きながら 家に帰りました
 
母に急いで 外科へ連れていかれました
あらー 切れてる 縫っときますね
 
と、お医者さんが 麻酔もなしで 即 縫いはじめました
 
いやー、痛いのなんのって。。
場所が場所で 柔らかいところだし
ぎゃーぎゃー泣いていたら
 
弟がその前の週に ちょっとやはり傷を作って同じ先生に
縫ってもらっていたのです
先生がそれを思い出して
 
あれー 弟くんは 泣かなかったよ~
 
と 笑いながら言うのですョ。。
 
ちっ!と思い、泣くのをやめました。。
 
その創は 皮膚に逆らっていたらしく、今も残っています
でも、唇に隠れて 外からは見えません
母も安心したことでしょう~ と子を持って思うようになりました。。
 
一つ 不思議な しみがあります
子どもの頃、もの心ついたころから 右足の太もも
足の付け根から10センチくらいのところに 直系1センチくらいの
しみがありました
 
そして、それは 私が成長するにつれて
次第に 膝のほうへ移動を始めました。。
小学5年の時、すでに友に見せて
これね・・小さい頃はもっと上にあったのに、
今 付け根から15センチのとこに移動したんだよ~
と、話した覚えがあります。。。
 
今は 見事に移動して
膝から8センチ上まで動きました
 
なんやねん。。足の長さにあわせて
皮膚も伸びてるってことでしょうか。。
ちょっと きもい。。
 
何かの本で
しみ とか あざ って 前世で受けた弾傷 とか
それがもとで亡くなったとかいう しるし と
読んだ事があります。。
 
次女も 背中の 青あざ が いまだに消えないんですよね~
 
皮膚に残る きず、あざ しみ って 不思議な存在だと思います~~
顔のしみはいやじゃ~~
 
 

父の中国旅行

2007年1月26日
去年12月 私の実家の父が中国 桂林省へ 旅行に行った。
川を下るのが目的で いつものように格安ツアーに参加した
一人なので、 飛行機の燃料費、一人部屋代 などで
ちょっとお高くなるそうだ。
 
で、今回は 参加者 20数名だったそうだ
しかも、皆さん 格安ツアーになれていて
けちけち旅行を 実践していたという
 
土産物屋でも ほとんど買わず
写真も ほとんど買わず
オプションツアーも ほとんど参加せず 
だったらしい。
父も 私等と行くと買い物をするが
一人で参加すると 
ほとんど 何も買わないタイプなのだ。
 
で、 現地の大卒の若いツアコンさんが 父に日本語でぐちったらしい
 
こういうツアーは ほとんど利益が出ない
私等は 買い物やオプション、写真の販売で
利益を得ているのです。。
 
父は身長180センチ、 柔道をやっていた立派な体格の持ち主
だが 人がよさそうな低姿勢人間なので、
よく、旅先で ツァコンさんに話しかけられている
 
でも、さすがに 利益うんぬんを 聞かされたのは
初めてだったらしくて
私に笑って教えてくれた。。
 
一元そのときは16円らしかった
私等が行ったおととしの春は 一元12円だった
今は 18円? 上がっているにゃ~~
 
で、私は 父に 水晶を買ってきてくれとお願いしていた
父は 川を下っている時 船で売りに来たと言って
水晶の原石? を 買って来てくれた
 
日本円で3000円くらい?
父も値段を忘れたらしく はっきり教えてくれなかった
同行の皆さんの何人かも買ったらしいが
いやー いんちきものだよ~
とみんな言っていたそうだ。。
 
とげとげして、薄い紫色
1キロあった
枕元において 悪霊よけにしてあるが
私は 本物だと思うんだよね~
実際 どうなのでしょう~
 
しかし 丸い透明な水晶を買って来てくれるかと思っていたら
こんな重い 立派なめずらしいものを買ってきてくれて
実に 人にお土産を頼むと面白い と思った
 
とりあえず 本物と信じて 寝る前に
眺めてまーす~
あっ 写真では 微妙な色の変わり具合がでなかった~
 
 

愛とは。。。その参

2007年1月25日
特に 愛 をからめなくてもいいのですが
私は イケメンが 好きデス
特に 芸能人
 
でも、 なぜ?と思います
それは 結婚しているのに。。だからです。。
。。一応 恋愛して 結婚 しましたが
興味は さっさと移り 今は ガクトさん~~始め
あまたの イケメン 君 たちへ移動してます
 
谷原さんの 結婚報告会見には まじ
嫉妬して 死にそうでした。。
私の上様が、他の女性に奪われた~~
 
テレビで ヨン様に夢中の方々 
私と同年齢、そしてそれ以上の年齢の奥様方が
映し出されると 夫がきまって
いい年して 恥ずかしいと 思わないのかね
と えらそうに言います
(こういう男なのです。。毒。。)
 
多分 彼の言い分は
家庭があって夫がいるのに 他の男性にきゃーきゃー言うのは
頭がおかしい
ということだと思います
 
自分だって 長女とたいして年が変わらない
ボア ちゃんを 好きなくせに。。です。。
 
私が ガクトさんのテレビを見ているときも 以前は
んなもの見てないで さっさとやるべきことをしろ
と 威張ってました
(もちろん、
やるべきことって何?
あたしはのんびりテレビも見ちゃいけないの?
私は 女中だカラ みんながテレビを見てくつろいでいる時も 
そうじや片付けで 休む暇なく働いていなくちゃいけないの?
と 一万倍くらい言い返しました 。。毒。。)
 
まあ 彼の言いたいこともわかるが
そうじゃないんだ、違うんだ と私は言いたい。
 
夫から得られない 優しさ とか を
架空の映画の中の 登場人物からもらって
それを演じている役者さんにときめいているだけなんだよって。。
 
私の周りには やっぱり 好き勝手に生きている だんな が多い。。
日本には 多いのだろうか。。
なんというか
人間として生きるのにこうあるべき
と 本などを読んで研究とかしないで
会社での生き方を そのまま家庭にあてはめている人が多い。。
 
だから 当然 離婚も多いし、子どももおかしくなってくる
 
夫が 人間として きちんと生きていると
家庭もしっかりして 子どももいいこに育つ。。
色んな家庭を見て 私が得た結論です。。
 
奥さんが多少 遊び好きでも、夫がでんとしてれば
家庭は けっこう大丈夫なのです~
 
よく 近頃は 本も出版されているが
男はさびしがりやで、 愛情を欲しがりすぎ とか
目にするようになった
 
愛情を欲しがる人と言うのは
相手からサービスを受けて当然 と思い
それをお返ししようとする気持ちが全くもてない
のだそうだ。。
 
そんな男が 一家の主 だったなら。。。
実に悲惨だ。。
でも、普通は 妻は 耐える。。
耐えて耐えて 子どものために生きる。。
そして 子どもが独立したなら。。
諦めて夫の世話をしつつ ヨン様に憧れる。。
と 私は 推測する
 
テレビで ヨン様が好きな理由を問われた
50代後半の女性が
 
映画の中で 女性に優しくする姿を見て
あんなに 優しくしてくれるのが
人として本当は当然なんだ。。
と気付いたからです。。
と答えていて 私は 思わず考え込んでしまった。。
 
その女性は しっかり家を支えてるけど
多分 夫は 仕事だけしてて 妻に優しくなんて
したことないんだろうな。。と思ってしまった。。
家庭にいて 夫が冷たいなんて
自分の人間性までも喪失してしまうような
悲しさ 空しさ だよな~ と 同情してしまった。。
 
以前 友人の夫の父が 妻と離婚して
飲み屋のままと再婚した
家は 妻に与えて 彼は家を出たのだそうだ
 
ところが ままのところで暮らし始めたわけだが
2Dk の アパートで おまけに 長女夫婦とも同居
ままは 昼間は寝ていて 料理も満足につくらない
慣れない場所で 夫は ねこの相手をするばかり
ままは 夜 スナックへ行ってしまうので
夜は 長女夫婦 に遠慮して気まずい生活
 
と言う結果になったらしく
その父に会いに行った友人に
 
妻のもとに帰りたい。。。
 
とぽつりと言ったようだ。
それを 夫の母に言ったところ
 
冗談じゃない!勝手に浮気してでてったくせに
いまさら 許せない!
 
と もと夫の勝手さに激怒していたそうだ。。
 
・・・なんで、 先を読めずに 一時の感情だけで
浮気して 離婚するんだ
と情けなく 思いました。。
 
それなら もっと 妻と 仲良く暮らす道を選べばよかったのに。。
 
どうも 男って よそへ愛を求める生き物だな~
と思います
これは 戦前からの生き方の続きなのでしょうか。。
 
すてきな家庭の男性もたくさん います
ぜひ 日本の男性が もっともっとすてきに
なればいいと思いますよ~ 
 
あっ 私が イケメン好きの理由が判明しなかった。。
脳内ホルモン ってことで。。。まあいっか。。。

夜中の騒ぎ

2007年1月24日
はっきり言って 寝不足で 頭ふらふらの私です
 
そもそもは ビデオのリモコンがまた壊れ
ビデオを手動で録画しなくてはいけないことから
始まりました
 
24日0:56 からの アニメ デスノート を
録画したかったのです
 
でも、眠かったので 時計を 0:30にセットして
私は23日 11:30 に寝ました
 
で、時計が鳴り、目覚めると 1:15 でした。。。
うおー 始まってるじゃないか~~
1:30で終わるのに、前半録画できないじゃないか~
すっかり、ふてくされ そのまま 寝てました。。
途中で録画するのは 私のプライドが
許さなかったのです。。
(えらそうに。。。)
 
はっきり言って 1階へ降りて ビデオのスイッチを
押すのが 寒いし眠いしで つらかったのもあります。。。
 
それで、また眠れればよかったのですが
もんもんと布団の中で起きてました。。
うとうとしながら 寝てましたが
ふと 外で 音がするのに 気付きました
 
車の音、止まる音、 ドアの開く音、
何かを叩く音、人がなんかしゃべってる声。
 
私の家の横は 小道で 住宅街 なのですが
そばに 保育園と 老人ホームがあり、
それなりに 人の出入りがあって 車も通るし
老人ホームの 出入り業者、厨房の音
など、いろんな 音が 住宅や ホームに
はねかえって 反響して あたりに
響きまくってます
 
近所に 泣き叫んで大声でわめく幼児や小学生もいるので
ほんと、 大抵の音には 慣れっこという環境の中で
生活してます
 
私は うとうとしながら
また 誰か 騒いでんな~~と 思ってましたが
 
えっ!今 真夜中 やん!!
 
と気付きました。。
 
いくら なんでも この時間に車の出入りは ありません
もう、どこんちの車は 何時ごろ動いて どんなエンジン音でと
近所の人のことはすべてわかっているので
聞きなれない 車の音は 一発でわかるのです
 
人の声も よく 聞くと
 
たすけて~~ 
誰か 110 番 よんでくださーい
どろぼう~^
 
と 言っているのです。。
 
えーーー! なんなんだーー!
 
北側のアパートから聞こえました。。
空耳だ!と思いましたが
何かを叩く音、 も あわせてしました
 
依然 50歳くらいの女性の声が
助けをよんでます
 
アパートの1階に住んでいる アジア系のおばちゃん 
っぽい感じでした
 
どきどきしました
近所で この声を聞いているのは私だけだと
思いました
音が 上にいってしまうので 私の寝ている東部屋に
一番 近所の音がはいってくるのです。。
しかも この時間 みな寝入っていて 大きな物音に
慣れている住民ばかりですから
絶対 気付いてる人は私だけだ と確信しました。。
 
。。。よし、呼ぼう!110番
 
急いで電話しました
アパートの名前を言っただけで すぐわかったみたいなので
びっくりしました 住所も何も言わなくても
警察の人ってわかるのですね~~
 
折り返し 警察から電話が来ました
我が家の窓の外に 赤いランプが回る車が通ったのが
見えました
 
あっ!警察の方 きてくれましたよ! 
 
はい、今3台 パトカーがそちらへ向かいました
お名前よろしいですか
声は 北のアパートですね
お宅に ピンポンして 伺ってもよろしいでしょうか~
 
と 警察のお兄さんは 実に冷静でした~
しかし電話して3分で 警察がきたのにはびっくりしましたよー
時計を見たら3時でした。。
 
警察に電話すると その後 詳しいことを聞かれると
知っていたので 
我が家に 誰か来るかと思いパソコンをしながら待ってましたが
しばらくしても 誰も来ないので
寝ました。。
 
しばらくいた警察の方も帰っていかれたようでした
はーー 何事もなくてよかった~~
 
しかし 眠いな~~
 
結局 なんだったのか よくわからないまま
誰が 悲鳴をあげてたのか
本当に 泥棒だったのか
何の答えもないのですが
とりあえず 殺人事件では なかったようで安堵しました。。
 
こんな静かな住宅街で
一体・・・ 栃木県も物騒だな~~
 
警察の皆さん あんな夜中にお疲れ様でした。。
なんか 電話して かえって仕事ふやして悪かったような
気もしました。。
ごめんなさいね。。