Archive for 8月, 2006

学校の先生

先生って、すごく大変な職業だと思う。
ずーっと、保護者として、先生方を見ていてそう思っている。
専門は、教科を教えることなのに、そのほかに
 
部活、進路指導、素行指導、就職指導、心のケア、地域との協力、、、、etc.
 
部活の大会の時期など、先生、1ヶ月間休みがないのではないだろうかと
思われるほどの忙しさで、朝早くから夜遅くまで、
児童・生徒に関するあらゆる事について、対応を余儀なくされる。
 
そして、お給料は安いという。。。
 
教員夫婦共稼ぎが多いのは、夫だけの給料ではやっていけないからと、聞いたことがある。
 
友人に教員が多いので、みんな体に気をつけてがんばってね・・・・
と、切に思う。
この年なので、多分、若手の先生をサポートする仕事なども増えて
きっと、大変だろう~。ストレスも多いだろう~
 
最近、特に感じるのが、対保護者の重圧 では?と、先生方の苦労を思んぱかっている。
私は、実は、教員免許を持っているので、先生方の立場に多少好意的ではあるが、
それにしても、子をもつ保護者の立場からみても、最近は、
なんでも人のせいにする 保護者 が増えた・・・と、感じる。
 
最近・・ではないなーー
長女が幼稚園の頃から、
自分の子は悪くない、悪いのは、よその子・先生・園のやり方。
と、いう お母さん いたなーー
 
小学校・中学校でも、全てを担任と学校のせいにしているお母さんを
何人も見てきた。
うちの子がこうなったのは、先生と学校がひどいから。。。
 
だけど、その台詞、いつまで言うのだろう~
どうして、気付かないのだろう~
 
子どもが成人して、いい年になっても、
中学の頃、こんなことがあって、全部 担任のせいなんです
と、言い続けるのだろうか~
 
確かに、理不尽な酷いことをされたら、親は正々堂々と
教育委員会にいうか、警察へ連絡するかして戦うべきだ 。
 
でも、それ以外の、嫌なことを言われた、という、
俗に言う、「言った・言わない」  の場合は、どんなに悔しくても
我慢するべきではないか、と思う。
 
先生だって人間だし、性格もある。
おとなでも性格が合わないことがあるのだから、性格があわない教師とこどもを
仲良くさせようとしてもむだだ。
それよりは、親の人生経験から、そういう人とのうまい付き合い方を教えるほうが
その子の人生にとって、すばらしい財産になる。
 
親は、どんなに頭にきても、
親として、先生の悪口を、子どもの前では決して言ってはいけない。
当然、子どもは先生を馬鹿にして、次第に大人を馬鹿にして、次に親を馬鹿に
するようになるから。社会ともうまく適応できなくなる恐れがある。
 
長女が、小4の頃、先生が厳しい、と言ったことがある、
 
私は いいチャンスだと思い、
 
世の中には、いろんな人がいる。
その先生は、厳しいかもしれないが、厳しい人というのは、
物事をきちんきちんと、こなしていくタイプが多く、信頼できる人だ。
ママは、仕事でたくさんの人と接してきたから、人間を見抜く目はある。
こちらも、まじめにやっていけば、厳しい人というのは、きちんと自分を評価してくれる。
だから、言葉も厳しいかもしれないが、それは君たちをもっとよくしようと
あえて厳しくしているだけで、心はすごくやさしいんだョ。
 
と、うまく、答えたので、長女も納得してくれた。
おっとりした子で、自分を可愛がってくれる人としかうまくつきあえなかったが
それ以来、誰とでもうまく付き合えるようになったようである。
 
確かに、簡単だ、
 
先生!うちの子に何言ったんですか!おちこんでるじゃありませんか!!
 
と、電話で、校長に言うのは・・。
 
でも、それでは、何も解決しない。
いや、その場では解決するかも知れない。
でも、はたして、子ども抜きで、親が納得しただけでは、
子の将来が、すごく心配。。。
 
何かあれば、親が全て解決してくれる
悪いのは、自分ではない、学校と先生だ。
 
と、なんの考える余地もなく、ただ、自分は被害者だと、子が思い込んだとしたら、
本当に、その子のさきが不安だ。。。。
 
家庭の教育力低下が叫ばれて久しい。
同じ親仲間で、このお母さん、ワケがわかんない・・
 
と感じるんだから、先生方にとっては、どんだけ、対応しにくいことかと思う。
 
私は、先生とは、子供に勉強を教える人、と考えるのみで、なんの期待もしていない。
できれば、部活動からも手をひいて頂いて、教育に力をそそいでほしいと考えている。
もちろん、部活は、市がサポートして、立派な指導者と、練習時間の確保を約束して
くれたらの話だが・・・
 
先生方、こども達のためにどうぞ頑張ってください。
お体に気をつけて・・・。
 
 

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小鳩

去年の春でしたか、朝、仕事へ行こうと 玄関をでてびっくり!
 
なんと、外の水道のところに、ぶにょっとした、灰色のものがいたんです!
 
げーーーっ! 何コレ~~~ 石??岩??
 
恐る恐るよくみてみたら、
 
こばと  
 
でした。あどけないつぶらな目をして、世間知らずそうな感じで、
首をきょろきょろ回していました。
 
でーーー!親はなにしてるんじゃーーーー!!
 
すぐそばの木に、鳩夫婦が 毎年 巣を作っているのは知っていました。
飛ぶのがへたな、こばとが いつも とぶ練習をしていたのも毎年のことでした。
 
それが、そのときは、ぶにっと、水道の流し?のふちに座っていたのです。
とても、どきどきしました。
たとえて言うなら、はむてる達が、雪の中で寝ている ももんがのももちゃんを
発見した時の驚きでしょうか。
 
私と目が合いましたが、そのこは別に動揺するでもなく
こんにちは、みたいな感じで、そのまま座り続けていました。
 
このこばとは、次にどんな行動をおこすのだろう・・・ドキドキ・・・
 
私は、車で仕事に行くんだ。頼む、行かせて下さい。
 
そーっと、そーっと、むじゃきそうな小鳩を刺激しないように、忍び足で歩き、
車に乗り、仕事へ行きました。
 
猫に襲われなければいいなーー
飛べるのかなーー
あそこで何してたんだろう~休むなら、電線の上で休んでください~~
 
帰宅後、見てみましたが、こばとのいたところに、特に何も無かったので、
多分、何事もなく、空へ飛んでいったのでしょう~~
 
旅立ちの前に、少し休んで、下界をみていたのでしょうか~~
何も疑うことのない 天使のようなつぶらな瞳の こばと ちゃんでした。
その日以来、2度とみることはありませんでした。
 
車に乗る前に、記念に、携帯で写真を撮りましたが、
画像も悪く、遠くて
灰色の土のかたまりが、おいてあるようにしか映りませんでした・・・
 
私の実家でも、毎年 はと夫婦が巣をつくるそうですが、
生まれたこばとは 木から落ちて、ねこに喰われてしまうのだそうです・・・
弱肉強食。。諸行無常。。合掌。。。
 
はとは、一生同じ相手と暮らすんだそうです。
仲良しで、いいですね~
夫婦で、我が家のまわりをよく、とことこ歩いてます。
ほのぼのしていて、いい雰囲気です。
 
 

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夏バテ

今年は軽かったですが、毎年、瞬間的に夏バテします。
 
いつもの年でしたら、炎天下の中、10分以上アスファルトの上を歩くと、
間違いなくばてて、帰宅後寝込みました。
熱中症かも。帽子をかぶって、首につめたいタオルをあてていても駄目でした。
今年は、意識して、歩きませんでした。
そうです。歩かないのが一番です。
 
リンパマッサージのお陰で、丈夫になった気がします。
寝る時、どんなに暑くても、エアコンはいらなくなりました。
以前は、蒸し風呂にいるようで、その息苦しさに、まじ死にそうでした。
 
今年は、昼間、エアコンの部屋から、外の灼熱地獄へ出ても、暑いな~と、思うだけで
特に息苦しさとか感じませんでした。
驚いています。
 
20年以上もの間、夏の暑さにうまく順応できない体だったので、
一生、夏はエアコン無しでは生きていけない
と、去年まで諦めていましたから。
 
そもそも、夏の暑さに対応できなくなったのは、
仕事してる頃でしたねー
東京で、問屋さん訪問をしていて、涼しい室内から、一歩外へ出た時の
あの、もあ~~~~っ
で、ほんと、倒れそうでした。ビルの外のあの異常な暑さ!!!
倒れたら負けだ!と必死になって、電車に乗って自社へたどり着き、エアコンの中で涼む・・・
 
とそんな事を繰り返していたら、体がおかしくなってしまいました。
多分、全てがいけなかったのでしょうねーー
 
ストレス
簡単な昼食
疲れて帰宅 適当な夕食
水分不足
運動不足
服装 ぱりっとしたスーツ
帽子なし
 
今、暑い中、歩道を歩いている、顧客回りしてるらしいリーマンの方の姿を拝見すると
倒れないでーーー、がんばってくださーーいーーー
と、切に思います。
 
あと、胃腸が弱いと、夏の暑さは耐えられない気がします。
ささやかですが、ヨガの呼吸なんぞしてると、胃腸が丈夫になったようで、
暑さによる、おなかの気持ち悪さとか、吐き気とか、消化不良などが
今年は、大丈夫でした。
 
以前、子等が小さい頃、梅雨明けと同時にいきなり 42℃
という温度になったことが、何年かありました。
 
あの時に比べると、今年は涼しいです。
そう思って、後少し、この暑さを味わおうと思います。
 
昨日28日の朝、肌寒くて、
 
あーーー、夏が終わりなんだーーー悲しいなー
 
と思ってしまいました。今日は、また暑さ復活で嬉しいです。
暑さに弱い方は、どうか無理せず、ご自愛なさってくださいませ。

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上州弁

本庄市は、利根川をはさんで群馬県とくっついている埼玉県です。
 
県境ということで、文化は群馬県に近いと思います。
埼玉県熊谷市の高校へ通っていましたが、県南から通ってくる友人達は
東京寄りということで、どことなく都会っぽかったです。
 
本庄市は、上州名物 雷・からっ風・かかあ天下(かかあでんか)が、すっぽり
あてはまるので、群馬県と称していいと思ってます。
 
夏は、毎夕、地響きを伴う雷を聞き、
冬は、家をも揺るがす、自転車も進まない風の中、髪の毛爆発で、必死に歩き、
近所の気の強い奥さんの大声を聞きながら
育ちました・・・・
 
冬、実家へ子等と行くと、子等は風にびっくりしますね。
グオーーーーッと、言う音とともに、家が揺れて、庭の木が飛ばされそうな勢いで
それが1日中続きますから、
地震と勘違いしてたこともありました。
そうか・・知らない人にとっては、からっ風って地震並みの凄さなんだ・・・
生まれた時から住んでいると、慣れてしまって、わからないもんですね~
 
でも、空気が澄んで、本当に冬の空はきれいな青空ですよー
白雲のたなびくのが、早いこと 早いこと。
 
ここ宇都宮で、埼玉県出身です。と言うと、みなさん
埼玉の県南 大宮とか、浦和とか華やかなところを思い浮かべるらしいので、
期待にこたえられず申し訳なく、ついつい、
群馬にくっついているところです。と控えめに答えることもしばしばです。
 
友人もいますが、個人的には 行田(ぎょうだ) が好きデス。
古墳がたくさん残っていて、ゆっくり、お弁当持っていってみたいなーと思います。
古墳て、頂上にのぼると、下界と空気が違います。
やっぱり、呪術がしかけてあるのかと思います。
 
本庄弁は、群馬の上州弁と近く、なおかつ江戸っ子の言葉も理解できるという
あちこちまざった言葉だなーと思います。 
 
発音・発声は明瞭で、文の最初にアクセントがくる傾向があります。
さしすせそ は しをさにくっついた感じで小さく発音し さすせそ と一気に言い切ります
たちつてと も ちをたにくっついた感じで小さく発音し たつてと と同じく言い切ります。
ちょっと、苦手です。
 
けっこう、ら 抜き言葉です。
 
お祝いごとには、必ず うどんを食べます。豚肉が入っています。
 
方言、言い回し  下線部  アクセント 
 
来なよー(きなよー)          こっちおいでよー(お誘い)               
 
いねー (きないねー)      ここおいでよ!(ちょっと強制的)
    
来れるー?(これるー?)      来られる-?
 
来ねーよ(きねーよ)         来ないよー
 
来たがね                あれっ 来たよ
 
いいがねー               ねーいいでしょうー いいじゃないーー
 
そうなーん?             そうなのー?
 
行ったーん?             行ってきたのー?  聞く時、最後に ん をつける女性言葉かなー
 
おっかける               追いかける
 
おっかく                 (茶碗など)欠ける
 
そうかや!               (ちょっと非難ぽく)そう?本当?そうなんかいねー?
 
うどんをぶつ              うどんを粉からつくる
 
かんます                かきまわす
 
じゃがたら               祖母が言っていた  じゃがいも
 
混んでる                道路の渋滞  店の客がいっぱいいる 
 
おくり                  奥のほう
 
参った                 疲れた
 
てーー!てっ!           こどものイタズラを発見した時の驚きや、非難のおたけび
 
これー、どうするー?      これなんだけど、どうする?
 
乗ってぐ?              乗っていく?
 
買ってぐ?              買っていく?
 
 
自分の言葉が普通だと思っているので、中々浮かびません。
 
子等には、それ 本庄弁だョーーと、よく指摘されますが、本人 自覚なく使ってます。

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武州本庄城の歴史

1491 延徳3年           伊勢長氏(北条早雲) 伊豆を支配
1495 明応4年           北条早雲 小田原城入城
 
1546 天文15年         小田原軍 北条氏康(後北条氏) 対  関東管領 上杉憲政(山内上杉氏) 武州・上州の諸豪族 
                     川越城の戦い  北条側大勝 
 
1552 天文21年 1月10日  関東管領 上杉憲政 33歳の長尾景虎(上杉謙信)を頼り、春日山城に入る
 
1556 弘治2年          児玉党 本庄実忠 本庄城築城  (本庄宮内少輔実忠 ほんじょうくないしょうほさねただ)
              
                     児玉党 武蔵7党武士団のひとつ 本家は本庄氏を名乗る
                     本庄実忠は、山内上杉憲政の家老らしい
 
1560 永禄3年          桶狭間の戦い  織田信長 今川義元(42歳)を討つ
 
1561 永禄4年 3月      景虎(謙信)・関東の諸軍 、後北条氏康の小田原城攻め 城は落ちず、引く
          閏3月16日   景虎 鎌倉鶴が岡八幡宮で、関東管領就任式 政虎となる
 
                    政虎 北条氏に攻められ、領国へ引き上げる
                       古河城に 古河公方 上杉藤氏、 さきの関東管領 上杉憲政、関白 近衛前嗣の三人を入れる
  
1567 永禄10年          本庄城 後北条氏に攻められ 落城
                      本庄氏 後北条氏に服す
 
                     北条氏康 武蔵へ進出
                     山内上杉氏  扇谷上杉氏 を圧倒して関東の雄となる
 
1568 永禄11年         信長 足利義昭を奉じて上京
 
1569 永禄12年         後北条氏 上杉氏と和睦
               
                        一時的なもので、たいした効力をあげないまま瓦解
 
1573 天正元年          織田信長 将軍 義昭を追放 室町幕府滅亡
 
1582 天正10年          本能寺の変 信長自刃(49歳)
                      豊臣秀吉  明智光秀を討つ
 
1585 天正13年          秀吉 関白となる  四国平定  北陸平定
                     
 
1586 天正14年          秀吉 太政大臣となり、豊臣の姓を賜わる
 
1587 天正15年          秀吉  九州平定
 
1590 天正18年          豊臣秀吉 関東攻め 小田原征伐
                     前田利家(加賀) 上杉景勝(越前) 真田昌幸ら北方諸大名の軍勢3万5千人
 
             5月1日    前田らに攻められ 本庄城 落城   城主  本庄隼人正(本庄実忠の嫡子)
 
             7月5日    小田原城 落城
 
                      家康  江戸城入城
                      
                      信濃国松尾の城主 小笠原信嶺(おがさわらのぶみね) 本庄城の新城主
 
1598 慶長3年           秀吉死去(63歳)
 
1600 慶長5年           関が原の戦い
 
1603 慶長8年           家康 江戸幕府を開く
 
1605 慶長10年          秀忠 征夷大将軍になる
 
1612 慶長17年          小笠原信之(信嶺の嗣子) 古河城へ移封
                      本庄城 56年で廃される
 
 
 
前後の関係がまだよく分からない部分もあるので、研究し書き加えていきたいと思っています。
本庄氏というと、どうしても、越後の本庄氏が有名です。
 
ささやかですが、こちらの本庄氏もがんばってましたので、記してみました。
 
有名な、後北条氏や、謙信、前田氏などが、本庄城に関わっていたなんて
なんだかすごく不思議な気がします。
本庄城跡は、実家の目の前です。
山の上ではありません。平地です。どんな建物だったのでしょう~
本庄実忠という人のお墓はどこにあるのでしょう~
 
歴史を見続けている大木が話ができればいいなーと、思います。
 
参考文献  上杉謙信  物語と史跡をたずねて  八尋舜右  成美堂出版
        地図で訪ねる歴史の舞台ー日本ー新訂版  帝国書院
        本庄城跡地の看板
 
写真 お堀の跡?と父に聞きましたが、わからないそうです。                

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おびえていたうさぎのルル君

昨日の夕方、小屋の入り口を開けても、いつもなら喜んで出てくるルル君が、
全然出てきませんでした。
中で、じーッと、腹ばいになり休んでいるのです。
 
あんまり出てこないので、無理矢理だしました。
 
しぶしぶ出たルル君は、玄関で、網戸にくっつき、守り神になっていましたが、
そこから一歩も動こうとしません。
 
ルルー、どうしたのーー?
 
と、聞いても、萎縮して、私の顔を正面から見るばかり。
または、トイレへ逃げ込みます。
 
どうしたの?病気?
 
いつもなら、喜んで、他の部屋へ行って走り回っています。
家族の足にじゃれつきます。
 
とうとう、9時ごろまで、彼は、玄関で、ガーディアンになってました。
小屋に入れましたが、なにか まだ変でした。
 
今朝、私が起きて小屋のそばを通ると、いつものように、
ドタンバタン、トイレに激突して大きな音をたて、えさを要求してきましたので、
 
よかったーーー!元気だーーーー!!
 
ほッと致しました。今も、元気に小屋の中で暴れています。
 
では、夕べのは・・・?
 
次女が小屋の扉を開けたので、どうも、彼は病院へ連れて行かれる!!と、
思い込んだようです・・・・
病院へ行く時は、いつも次女が、小屋の扉を開けます。
彼は中々勘がするどく、扉を開けた時、私と次女が外で待ち構えているのがわかると
小屋の外に出てきません。小屋のなかを逃げ回るのです。
 
昨日、次女が扉を開けた時、私がたまたまそばにいたので、ルル君は
 
あっ、病院なんだーーーー!!!
 
と勘違いしたに違いありません。で、
 
いつ行くんだろう~まだかなーまだかなー怖いなーーー
 
と、夜まで怯えていて、小屋に入り、やっと落ち着いたものと思われます。
 
そうなんだーーーごめん、るるーーー、
まだ、歯は伸びてないから、行かないよーー安心して下さいーーー!
 
うさぎ君は、けっこう神経質なのですね。
 
 
次女は、今日、寝ないで24時間テレビをみるぞーと張り切ってます。
 
見たら最後、来年から飽きるよ、と忠告しましたが、断固として、リビングにい続け、見るそうです。
若いなーー
 
太陽がきちんと当たらないと咲かない花
朝7時と  朝10時(昨日)
今日は、曇ってるので、まだ咲いてません。

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知人達の怪談話 その弐

呪われてるとしか思えません~。
今日の分で、下書きしてたのに、24日に、怪談話前編部分 記事の投稿してしまいました~
すごいショックです・・・
 
20年前、父方の実家で祖母とお茶を飲んでいる時、近所の祖母の友人が来て、教えてくれた話
 
本庄駅の駅前通りを北に行くと、少し行ったとこにお稲荷さんの祠があります。
祖母の友人の近所の人が、用事で本庄の街中へ行き、用を足して帰ってくるとき、
そのお稲荷さんのあるとこの道をてくてく歩いたそうです。
 
そこからは、西へずーーっと行くと、一本道で自分の家へ着きます。今でもそうです。
ところが、歩いても歩いても自分の家へ中々着かないんだそうです。
結局、30分もあれば簡単にたどり着く道を、3時間近くも歩かされ、夜遅く やっと自分の家に着いたそうです。
 
近所の人たちは、あのおいなりさんに化かされたな・・・と、噂しあったそうです。
けっこう、イタズラ好きなお稲荷さんだったらしく、色んな人が化かされていたそうです。
今もあるお稲荷さんです。なんだか親しみを持ってしまいます。
 
 
 
去年、吹奏の大会で、神奈川県に宿泊した次女の話。
笑い話で聞いてましたが、よく考えるとものすっごく怖かった・・・
昨日、突然言い出すから、ビックリしてしまいました。
 
宿泊場所は、湖の正面で、和洋折衷のような、なんとも言えない雰囲気の旅館だったらしいのです。
たとえどんな緊張しようが、爆睡出来る体質の次女が、一晩中眠れなかったと聞いて、驚きました。
とても、気持ち悪い感じがして、全然眠れなかったそうなんです。
 
次の日の朝、隣りの部屋だった同級生が大笑いしてたので、次女が理由を聞きました。
 
彼女が、朝目覚め、隣りに寝ていた同室の一つ上の先輩を見たら、先輩のおなかの上に
 
貝殻 
 
が、乗っていたそうなんです。
 
彼女はもう大爆笑で、貝殻だよ!貝殻!面白いよね!!と、皆に言いふらしまくっていたそうです。
私も思わず笑ってしまいましたが、
よく考えると、変です、この話・・・・・・
 
その二人はトロンボーンなので、トロンボーンは代々変な人間の集まりだカラ
ということで、吹奏部内では笑い話として落ち着いたそうですが。。
 
夕飯にも貝殻は出なかったそうですし、先輩も持ってなかったそうです。
なにより、寝てるからだの上にきちんと貝殻がのってるって、、不自然ですよね~
滑り落ちるか、手で払いのけるかすると思います・・元気な中学生なんですから。。。。
 
誰かが、置いたとしか考えられません。
貝殻に興味を示す年頃って、、、年代的に、、、幼児か、小学校低学年の児童・・・・?
座敷わらし・・・・?
 
その先輩は、ほわーんとしているそうなので、何があっても動じなかったそうです。
 
 
 
20年前、リーマン時代のマネージャーから聞いた話。
 
私達仕入れ部門は、車を走らせ、群馬、栃木の店を店舗巡回してました。
そこで、私の一つ上の先輩が体験した話です。
 
群馬県大間々から栃木へ抜ける山道があり、そこにいくつかトンネルがあります。
先輩が、そのうちの一つのトンネル内を一人で車の運転していると、後ろから、一つの明かりが猛スピードで
自分の車に向かって走ってきたんだそうです。
 
バイクかーーと、思い、普通に運転していると、その明かりが自分の車の左に
並んだそうです。そして、同じスピードで並んで走るので、
 
抜かせばいいのに、、、、、トンネルの中なんだからーーあぶねーよー
 
と、ふとそれを見ると、それはバイクではなく、なななんと
 
人の生首だったそうです。
 
首から下が全くない、光り輝く首だったそうなんです・・・・
 
先輩がぼーぜんとしていると、そのナマちゃんは、先輩の顔を見てにかっと笑うと、
また、進行方向を向いて、ばビューンと、行ってしまったそうです・・・
 
確かに、日光ではその手の話多いですよー。
首なしライダーもよく聞きます。
マネージャーは、あいつ、お調子者だから、どーもうそっぽいんだよなー
と、疑ってましたが、私は ありうると思ってます。。。。
 
 
同じく、その道でいくつかあるトンネルのうちの一つのトンネルの話。
実話で、20年前、新聞か週刊誌に載りました。
 
記憶が間違っていたらごめんなさい、多分 白骨トンネルだと思います。
 
私達は、名前が気持ちわるい!と思うだけで、走っていて別に何も感じませんでしたが、
地元では、女の人の幽霊が出る、と噂があったそうです。
 
噂が、随分騒がれるようになってしまったので、町の助役さんたちが、
ちょっと、じゃー、視察してみよう、
 
と、車で、噂のある、トンネルの入り口のところへ行ったそうなんです。
小雨が降っていたそうですが、
助役さん、、視えてしまったそうなんです。。。。
 
スカートをはいた女性の2本の足だけが、トンネルの入り口の脇に、立っていたそうです。
 
これは大変だ!噂は本当だった!!!
 
と、慌てた町は、慰霊碑を作って、そこに建てあつく供養したそうです。
多分、日光側の入り口だったと思います。
仕事で通って、あーーこれだよ、慰霊碑、随分立派だよねー
 
と、皆で言い合いました。今は、私は通ることはない道ですが、
とても紅葉のきれいな、観光道路なんですよー!(フォロー)
 
こういうのを入力していると、背後のキッチンから、ピシピシ、ミシッ、とやたらに聞こえます。。。。
目の端には、なんだか、光がぴかッと、映ったりしますので、
笑い話でしめたいと思います。
 
学生の時、友人が知人から聞いた 多分、有名な話です。
 
ある所に、シュウマイがとても大好きなおばあさんがいました。
その日も、いつものように、シュウマイを買って帰り、ふたを開けてビックリ!!
なななんと、しゅうまいが箱の中に一つも入ってなかったのです!
おばあさんは、ショックのあまり、死んでしまいました。。
 
ところが、しゅうまいは、実は全部、ふたの内側にはりついていたのでした。
熱いと、ふたをした時、ふたにくっついてしまうんですよね。
ふたを確かめさえすれば、おばあさんが亡くなることはなかった、と遺族たちは
泣きながらお葬式の準備を始めました。
 
オチはおわかりですね~
 
親族の一人が、お別れを言おうと棺おけのふたを開けてビックリ!!
なななんと、おばあさんがいないんですーーー
大騒ぎです!おばあさんの遺体が無くなったーーー!!!
実は、おばあさんは、棺おけのふたにくっついていて、ふたとともに開けられてしまったのでした・・・・
 
笑うにわらえない悲しいお話です・・・・
 
もう一つ、ほん怖で、読んだ、読者さんの笑い話・・・?
 
合宿中、部屋で、数人で数冊の漫画の単行本をまわして読んでいたそうです。
ベッドにねっころがっていた、その女の子は、隣りから、
 
その本、貸して
 
と言われ、伸びてきた手に本を、はいッと貸してあげたそうです。
 
朝、おきて、ビックリ!!その声がした方は壁でした。
 
漫画本は・・・・???
 
と、皆に聞き、必死に探したそうですが、貸した本は出てこなかったそうです。
その幽霊ちゃん、そんなにその漫画読みたかったのでしょうか。。。。(涙、涙)
 
でもどうやって、その本、壁の中入っていったのでしょうかーー
考えれば考えるほど、不思議な話です・・・・
 
 
 
 

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