ふと 自分の年齢と社会的位置を思った時

2017年9月16日

先日 A社さんから 以前やった仕事の件で電話がありました

だんなが電話に出たのですが

アスペル系の彼は

私に おびえた感じで

「なんでも?・・・ この間作ったあれを 下縫ってなかったとかで?・・・

スー(音を立てて息を吸う音) うちが縫わなかったとかなんとか?・・・」

言いました。

義母が 「えー! ちゃんと縫ったよ!」

と 言い返したら (検索でひっかからないように ぼかしてあります)

「とにかく 電話 出てくれよ!」

と だんなは 言いました。

 

だんなの特徴で 自分が取った電話を

さっさと 人に代わるということができません。

「はいはい あー それ 俺じゃなくて うちの家内だね。ちょっと待っててね。今代わるわ」と軽く言う事ができないのです。

いちいち 自分の仕事じゃないのに 相手から話を聞いちゃって

勝手に悪い方 悪い方へと考えて 最後の最後で おびえて

私に 電話を代わるという。。。

もはや いつもの パターンになっとる ^^;

(苦笑いしかでてこない。。 あまりにも毎度の事なので)

 

だんなのおびえようから これは クレームではないなと 即座に判断して

ゲゲは 電話に出ました。明るく大きな声でw

 

やっぱり そうでした。

うちがちゃんと縫ったところとは違う部分を A社内の意向で

もう一度 縫っていただけませんか

 

という 単なるお直しの依頼でした。

 

な~んだ~ やっぱりね~~ 普通の依頼電話じゃん~~

 

と だんなのおびえに巻き込まれなくて良かったな~

と 思いました。

 

そこへ まただんなが登場して

「なんの電話だった?」と 偉そうに聞いてきました。

(電話を私に代わったので 気が大きくなってます ^^;)

 

直しの電話 と答えたら

途端に さっきのおびえようが嘘みたいに うってかわって

まるで天下をとったかのように偉そうな変な笑い方をして

「直しか!!じゃあ ちゃんと金もらわないとな!!」

と ほざきました

(これもいつもの事なので 私はもう苦笑いしか顔に出てこない ^^;;)

 

とまあ そんなやりとりがあったのですが

だんながいなくなってから 私はふと 考えました。

 

今の電話って A社の前担当のBさん(多分40歳前後)だったよね?

あれ? なんで 今の担当さんがかけてこないの?

しかも あの仕事って 総務が直接うちに言ってきた仕事なんだから

総務のCさんとか Dさんとか Eさんとかが

かけてくる電話なんじゃないの?

あれ?

 

と 気づきました。

あれこれ考えた結果

私の出した結論は・・・

 

多分 総務の人達が私に電話するのが嫌だったので

前担当のBさんが 電話をすることになったのだろう。。。

 

と いうことです。。

 

Bさんというのは とてもおだやかなで落ち着きのある誠実な方で

早く言えば 誰とでも大変上手につきあえる営業さんです

 

なので 総務の人が Bさんに

お願いだから あそこの奥さんに電話して!

と頼んだと推測できます。

 

おそらくですが 今まで 私が さんざん

生地が来てないです いつきますか とか

この状態じゃ ちょっと大変です(ぼかしてあります)

と A社さんの不備を 電話やFaxで 細かく指摘する

みたいな感じが 多々あったので

 

A社さんの若い子達は 必然的に 私に苦手意識が生まれたのではないかと

思ったりなんだりしました。

 

こちらとしては 一生懸命仕上げて納期までに納めようと

真剣に全力で作業をしてるのに

A社さんは ちょっと もれるところがあって(失礼!)

(まあ とてつもなく忙しいし 人もいない大会社で パソコンに頼っているから もれるんだろうけどね。。)

こちらも言いたくないけど 言わないと作業が進まないので

(うちだって A社さんの仕事だけやってるわけじゃないんだからさ~)

仕方なく 言ってます

 

そこで はっと思い出した事があって

 

54歳だった!!!

 

です。。。

 

54歳と言ったら。。。

会社では 若い人たちから なんとなく苦手意識を持たれるお年頃じゃ。。。。。^^;

なんとなく。。どころじゃないな。。。 かなりの確率で!

 

私も 20代の会社員時代 そうだった。。w

 

あー そうかあ。。。

いや きっと そうだよなあ。。。

 

私 仕事の事になると 電話で 庄が強いんだな。。。

だから みんな 電話したくないんだにゃあ。。。

 

と 思いました。。

(特に反省はしません。。もう 私の辞書に反省の文字ないし。。。この先 一切 反省しないことにしたからw 私の人生)

 

自分としては いまだに

気分は 大学を出て会社に就職した22歳の初々しいままなのですが。。

(先輩達から ビシビシ指導を受けてたあの頃。。。ww)

世間から見たら そうではなかった!!

 

もう 22歳の2倍以上過ぎちゃったよ~。。。

そっかぁぁ。。。

 

そりゃあ 多少なりとも 仕事の知識も増えるよなあ。。。

(自分的には まだまだ。。 普通のカーテンの縫製は奥が深いと 正直思っとる)

 

友達は もう みんな 55歳だもんなあぁ。。

人生 早いなあ。。。

 

ちなみに だんな情報で 今の担当さんは すでに 退社していました (びっくり!)

大きい会社って大変だよねえ。。。

残業が当たり前みたいだし。。

担当も 何十社と 受け持つんだろうし。。。

 

この間 Bさんが うちの新しい担当になった若手男子を連れてきたので

心の中で

頑張って!

と 応援しました。。♥

 

A社さんも 頑張ってね!(さんざん書いた揚句に フォロー)

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ゲゲ推測年表 記紀に書いてない古代史♥

2017年9月3日

ゲゲが ぶばばばっと書いてる歴史ノートが

どんどん 未整理 殴り書き状態のまま 増えていきます。。

 

今日 見返してみたのですが

ま~

わからない わからない。。。(笑)

 

書いた本人も よく思い出せない だーだー書き。。。

 

これは 何をテーマに謎を解こうとしたんだっけ。。。うーむ。。。

と ノートとにらめっこしちゃうことも しばしば です。

 

あ~~!!

これって あの頃 ひらめいて 一生懸命

考えてたじゃん!

まだ 途中だよ~~~!!

 

と 自分で自分につっこんだりします

 

そんな中で

自分で 推測歴史年表を作っていこう~

自分の頭の整理のために

 

と 書いていた古代史を 思い出しました

 

調べていくうちにどんどん訂正が入りますが

思いついたら ブログに書き留めておこう~と 思いました!

 

AD     ニニギ命 出雲の大国主命を討つ

出雲をホヒ命にまかせて大国主を祀る(出雲大社)

 

AD    天火明命(ニニギの兄)なんばから入って伊賀へ行く

なんばから伊賀地方を支配する

 

AD    九州 火照命(海幸彦 ニニギの息子)は

熢理命(山幸彦 ニニギの息子)と争って負ける。

 

AD    火照命(海幸彦 ニニギの息子)は奈良のヤマトへ行く。

火照命は 三輪山周辺にいた出雲族と戦って勝つ。

火照命は 大神神社を宮として 戦没者を祀る。

 

AD    火須勢理命(火照命の弟 ニニギの息子)は三重に行く。

戦って その地を支配する。

 

時が経ち

 

AD     天火明命の三代孫ニギハヤヒは なんばの地~桜井市を治める

家来 ナガスネヒコ

日記 21日夢 思った事

2017年8月27日

21日の夢を見た後

なんだか また まりも が欲しくなりました w

以前 北海道で買ってきたまりもちゃんが天国へ行って

1年以上たちましたので

また 恋しくなったのかもしれません。。

 

あの 緑でふわふわの丸まった感じが 水の中でじーっとしてるのが

うさぎみたいで 実に可愛い

。。というか。。。(〃ω〃)

なんだか うさぎのルルくんをほうふつさせるものがある。。。

 

でも なんでまた急に。。。

というか

まりもが欲しいなあ~という事を忘れていたのを思い出したのか。。。

 

確か 去年 アマゾンでまりもを探して

 

あ 簡単にネットで買えるんだ~

 

と思ったので あえて 買わなかった過去があります(笑)

 

でも 今のこの まりもが欲しくなったっていうこれって。。。

もしかしたら

21日に見た あの気持ち良い夢がきっかけかなあ~。。。

と思ったりしました。。。

 

なんでかわからないけど

うちの玄関には

ちょこんと まりもがあった方が良いような気がする。。。

 

そして もう一つ 夢の事で ふと気付いた事がありました

 

夢の中では

途中で 水の上で止まった時

戻るのに必要だから

舟の後ろに座っていた女の子が ピンクの別のたらい舟に乗って

私の前にすーっと進んで 水の中から オールを見つけて

それを私に渡してくれました。

 

さあ戻ろうって 船首を元来た方向へくるりと回転させたら

夢から覚めたのですが

 

あれって もしかしたら。。。

人生が50の半ばまで来て これからは折り返し。。

今は折り返し地点だから。。。

っていう事なのかも。。

そして 後半生をすいすい楽に渡っていけるためのアイテムとして

女の子(水の神様?私のハイアーセルフ?)から オールをもらった

のかも。。。

と 思ったりしました。

 

私の人生

自分一人で戦って苦労して なんとか生き抜いてきた

みたいな感があるけど

なんか 実はそうでもなかったのかなあ。。。

 

なんてふっと思えたり。。

 

息長水依比賣様が夢を見せてくれて

生きるヒントを与えて下さったとしか思えない。。。

感謝です。。

ありがとうございます (#^.^#)

 

 

 

21日朝の夢

2017年8月23日

とても気持ちのよい夢を見ました。

長い木をくりぬいたような簡単な舟に乗って

湖面をすいーっと 進んでる夢です♥

私が先頭に座っていて 舟の一番後ろに 可愛い女の子が座っていました

 

オールもないのに 何もしてないのに どこまでもどこまでも

ゆっくり すい~っと 進むんです。

青空が抜けるように ほんとに美しくて とてもきれいでした

 

ずっと このまま 青空の下で 進んでいたいね~

なんて しゃべっていました。

 

湖面の真ん中あたりまで来たら

後ろにいた女の子が ピンクの可愛いたらい舟に乗って

前方の湖面に置いてあった オール?ろ?かい?を取って

 

さあ 岸へ戻りましょう~

 

と言って 舟は向きを変えて またゆっくり岸へ向かって戻り始めました

そこで 目が覚めました。

 

うわ~~ あの青空 とてもすてきだった~~♥

と 夢から覚めても 興奮してました

 

でも 突然 こういう夢を見たのって。。。

大河 直虎 高橋一生様のショックでもなく^^;

 

もしかしたら

ブログに書いた 息長水依比賣が

見せて下さったのかなあ。。。

なんて 勝手に萌えてます。

夢の中とは思えないほど

ものすご~く 最高に気持ちが良かったです♪

 

高橋一生様ショックは まだ 引きずってます。。。 TωT

息長水依比賣(おきながのみづよりひめ)の謎

2017年8月20日

なんか 「○○の謎」 ってタイトルをつけると かっこいい!(#^.^#)

 

いや でも ほんとに謎です。。

訶具漏比賣を調べていて 系図を書くと いつも目に留まる女性なのですが

(思いついた時に書くので 何年もかかってる w)

第9代開化天皇と妃の意祁都比賣(オケツヒメ)の子

日子坐王(ヒコイマスオウ)が

近つ淡海の御上の祝がもち拜く、天之御影神の女、息長水依比賣

を娶して」

と 古事記にありますので

息長水依比賣は

お父さんが天之御影神で 夫は日子坐王

ということになります。

 

古事記の注として 赤部分は

「近江の国(滋賀県)野洲郡三上の神職がお祭りしている」

と 書いてあります。

 

天之御影神の娘さん。。。

 

。。。。

 

えぇっ?! 神?

お父さん 神なの?

 

神の娘?!

 

と 古事記を読んで びっくりしました!

と 同時に 武田信玄の霊視(玲子さん)を思い出しました。

武田信玄は 諏訪の大祝(おおほうり 諏訪頼重)を攻め滅ぼして その娘と結婚し

勝頼をもうけますが

それって 実は 諏訪に代々続く土地の力を

娘と結婚することで自分に宿した

ということらしいです。

 

それを考えると

古代からの戦と 古代の天皇がその土地土地の実力者の娘と結婚する理由が

よ~く 理解できます!

 

古代の土地の実力者って

その土地の神を祀る神職でもあるので

その土地の神の力を受け継いでるっていう事なんでしょうね。

 

だから その土地を支配できるというメリットの他に

神の力を宿せて 子孫が栄える!

という呪術的な事も ものすごいメリットになっていると思うのです。

 

開化天皇と その前後の天皇の記事を読んでも

名前に「神」がつく人(人って言ってもいいのか)

は 登場しません。

 

近江富士 三上山

御上神社 社記(ネット参照)

孝霊天皇の治世期、天之御影神が三上山に降臨したので

開化天皇の治世期、その子孫である彦伊賀都命が三上祝に命じられ、

それ以後 三上山を神の宿る神奈備山として

山頂の奥津磐座にて祭祀を執り行ったのだという。

 

これって どういう事か推測すると

第7代孝霊天皇の治世期、

おそらく吉備津彦命(天皇の息子)さんとかが、

近江で

御影という人(多分男性で 多分その土地を代々治めてるサイキッカー)か、その一族を滅ぼしたので、

三上山に その霊を天之御影神として祀った(=降臨)ってことですよね。

 

だけどきっと おそらく攻め滅ぼされた御影神の怒りは収まらなくて

祟りがすごかったのでしょうね。。

 

なので 第9代開化天皇の治世期、

息子の日子坐王(10代崇神天皇の異母兄弟)が

天之御影神のために

天之御影神の子孫(息子?孫?)彦伊賀都命(名前からして 伊賀を治めていた人かも)

を探しだして

 

三上祝として 三上山の山頂の磐座で

祭祀を代々執り行うように命じたってことなのかも。。。

 

(崇神天皇が 三輪山の神の子孫のオオタタネコさんを探し出して 三輪山の神を祀らせたのに似ている)

 

そして 彦伊賀都命の娘か妹か孫と結婚した

って事になるんじゃ。。。(または 御影神の末娘)

((((;´・ω・`)))ガクブル。。。

 

以前 ゲゲが考察した 栃木の太平山神社の奥宮に祀られてる神の事も

頭をよぎります。

(ゲゲの推測で 崇神天皇の次の垂仁天皇時代 太平山を治めていた方が攻め滅ぼされて 奥宮に祀られている)

 

まあ 戦があったかどうかは

実は平和的に結婚したかも知れませんし

定かではありませんが。。。

 

古事記を読むと 日子坐王って 子孫がものすごく繁栄していて

日子坐王の妻の名 子どもの名 がたくさんと

孫の名 子孫の名が たくさんと

開化天皇のページの半分を占めて書いてあるので

ほんとにすごい人だったんだな~と 思います。

 

やっぱり 力がある実力者で あっちこっち 将軍として行って

戦って勝ち抜いた方だったんでしょうか。。

神を祀るのも上手だったのかもしれません。。

 

息長水依比賣も お父さんかおじいさん?の力を継いで

きっと サイキッカーだったのでは と思います。

古代の名前では 「依」がつくと どうやら

巫女というか 能力者 みたいです。

「玉依比賣」さんは そうらしいです

 

息長水依比賣は 水に関しての何か能力があったのでしょうか

もしかして 諏訪の姫(諏訪御寮人)みたいに

琵琶湖?の神を 自分に下ろせて

託宣を伝えられるお姫様だったのかなあ。。

と 想像させてもらってます。

 

 

日子坐王も もしかしたら 自分が祝になって

天之御影神の力を受け継ごうと思ったのかもしれません。

ですが 祟りのすごさに それは諦めて

天之御影神の子孫を祝と命じて 祀らせる事にしたのかも です。。

 

ゲゲが 諏訪を調べていた時に

大祝(おおほうり)の役目を書いたメモが ひょこっと出てきましたが

(いろんなノートのあちこちにぶばばばばっと書くから

探してる時になかなか見つからない

後から出てくる w)

 

神の憑依者、シャーマンだそうです。

 

自然神のチカラと感応し

おのれの体を依代とし、

パワーを統合させ人間界に伝える者

 

だそうです。

 

息長水依比賣も 祝の素質があったのでは と思います。

 

古代の 謎めいたとても気になる女性です。

願わくは

古代のああゆう戦乱がたくさんあったであろう時代ですが

日子坐王と子ども達と 幸せで落ち着いた生活を送られたのなら良いなあ。。。

と 思うのです。。

 

 

 

 

 

飯野の眞黑比賣(古事記)の謎 隠された?姫 卑弥呼系列?

2017年8月18日

ちょっと前に調べていた 迦具漏比賣(垂仁天皇妃)と

訶具漏比賣(景行天皇妃)ですが

あの後 なんだか 集中できなくて

調べ始めても どんどんずれていって 気付いたら 違う事を調べてたり

上の空になったり

なんか うまく調べる事ができなくて。。。

。。。 何も降りてこないし^^;

不思議な感じに苦しみました。。 (^_^;)

 

で 昨日 何気に

訶具漏比賣(景行天皇妃)の父方のおばあさまである

飯野の眞黑比賣という方を 調べはじめまして

ゲゲ流の系図を ノートに書いていたのですが

あれ?っと 思いました。。

 

飯野の眞黑比賣という方は 古事記に書いてある系図がおかしいので

以前にも 記事にとりあげたことがあります。

だんなさんは 若建王(日本武尊の息子 古事記)ですが

それは誤りで 本当は 吉備の若建日子ではないかと

「若建」違いを考察してみました。

 

ゲゲ流の系図は

「池田氏の古墳墓碑」本に書かれてる生没年を参考にさせて頂き

記紀に書かれている親子関係を元に

その時代に生きたと思われる同世代が横に並ぶように

ノートに書いて 作っていくものです。

 

昔は 子だくさんなので

長子と末子の年の差が

もしかしたら20歳とか30歳とか50歳とかもあったかも知れません。。

そういう場合は ひーひー言いながら

こんな感じかしらん?。。末っ子と長男の甥っ子 多分きっと同じ世代だよね。。

とか 勝手に 妄想?しながら

系図を埋めていきます

 

そうやって 作っていった系図を見ていたら

やっぱり 飯野の眞黑比賣さんが

なんだか気になって気になって仕方ありませんでした。。

むむむむ。。。と 降りてきたー!! というか。。。

 

古事記には

眞黑比賣のお父さんは 杙俣長日子王(日本武尊の孫)と書いてありますが

(日本書紀には 眞黑比賣の名は書いてない)

 

系図を見ていると どうもなんだか それは間違いっぽい気がします。

 

もっとさかのぼって

実は 景行天皇(日本武尊のお父さん)と同世代なのでは?

と思えて仕方ありません。。。

 

じゃあ 眞黑比賣のお父さんは誰なのか

となると

ゲゲの勝手な推測ですが

水穂之眞若王さん かな~? と思いました。

または 弟の 神大根王さんか。。。(^^;

 

理由としましては

水之穂眞若王と神大根王のお母さんが 息長水依比賣という方でして

あたまに息長が付きます。

 

眞黑比賣の場合も

お父さんのお父さん(おじいさん)が息長田別王(日本武尊の子)という方なので

 

長く言い伝えてる間に

眞黑比賣は息長の孫だから

ということで 伝聞ミスがあったのではないか?

と 考えてみました。

 

古事記に書いてある眞黑比賣の妹?は 息長真若中比賣といいますが

この方は 15代応神天皇の妃になっています。

眞黑比賣の孫が12代景行天皇妃で

妹が 3代下の天皇妃じゃ

やっぱり 系図的に無理がありそうです。。(多分。。)

 

伝聞ミスなら良いのですが。。。

もしかしたら 誰かが意図的に 眞黑比賣を変なところに入れたのかもしれません。。

訶具漏比賣が 卑弥呼グループの巫女である事を隠すために。。。

 

飯野の眞黑比賣の 飯野という おそらく場所を表す地名ですが

ネットで調べたら

なんだか 日本全国にあった地名みたいで。。。^^;

 

でも くじけないで

多分ここかな? と狙いを定めたのが

香川県丸亀市飯野町 飯野山 飯神社

というところです。

神社のご祭神が 飯依比古命で

古事記の国生みの段 のところにも名前が出ています。

 

想像でしかないのですが

香川(讃岐)なら 吉備と 昔からつながりがありそうだし

結婚もありうるんじゃないかな~?と思うので

飯野の眞黑比賣の夫は 吉備の若建日子ではないか

と 推測してみました。

 

で ノートに 眞黑比賣 眞黑比賣と書いていて

はた! と 思ったのですが

ま ぐ ろ

か ぐ ろ

 

似てる! って 思いました。

 

祖母と孫 「くろ」 がいっしょ!!

(この訶具漏比賣は かぐる と読む説もありますが ^^;)

 

「ま」 というのは おそらく 「真の」 とか 「ほんとの」 という意味だと思うのです。

今でも 「まんなか」 とか 「まっしょうめん」 とか 使うから。。

 

「か」 というのは 仮の という意味だと「池田氏 古墳墓碑」に書いてありました。

 

元々は 黒比賣 という名前に

真の とか 仮の

という語を あたまに載せたのではないか?って 思いました。

 

さらに そういえば

仁徳天皇妃で 吉備の黒比賣(皇后の嫉妬で国に逃げ帰った)という方も

履中天皇妃で 葦田の宿禰の娘 黒比賣 という方もいたなあ。。。

と 思い出しました。。

 

なんだか

黑ひめって

巫女的能力のある女性が そう呼ばれる名前なんじゃないかなあ。。。

と 思いました。

 

眞黑比賣って もしかしたら 卑弥呼かなあ。。。

とも 考えましたが

卑弥呼さんは 結婚しなかったっていうし

なら 卑弥呼さんグループの上の方の人だったのかなあ。。。

謎の方です。。。

 

「池田氏 古墳墓碑」にも載ってない方なので

池田氏も 調べたけど わからなかったのでしょうね。。。

ほんとに謎の女性 だなあ。。。。

日記

2017年8月16日

昨日15日㈫は 1人で 本庄~宇都宮を車で往復しました

次女は 心配してくれましたが

ゲゲは 結構 好きというか 萌えるというか

ゲゲの通る道が 結構 古代 重要な場所で

そこかしこに 古墳があるので

闇探検というか 脳内で 古代の謎を考えるのが 非常に楽しいというか

好きな音楽を聴きながら 色んなひらめきもどこかから降りてくる感じで

ひじょう~に 好きです。

 

昨日のひらめき 忘れないうちに書き留めておく~♪

 

○日本武尊の伝承って

かなり 村人と触れ合った話が多い。。

景行天皇には 多分ないと思う。。自分の家臣との話はあるけど。。

 

やっぱり 日本武尊って 村人たちと直接触れ合おうとした

気さくな人なんじゃないかって思う。。。

んで 最近の通説というか

民を喜ばすには 経済をまわすこと!

らしいので 日本武尊はそれに早くから気付いていて

征西や東征で訪れた地の民には なんらかの見返りというか

そういう感じの事をしてあげたんじゃないだろうか。。

 

 

なので 喜んだ民衆が 好意的に 尊の事を

末永く語り継いだ気がします。

 

地元にいる鬼を退治しただけでは

あまり 語られないような気もするし。。

逆に 退治された鬼こそが

実は 地元の民から慕われていたっていう話が多いから

それを征伐する方って 多少はやっぱり 好意的な伝承って 残らない気がする。

 

ゲゲの知ってる中で

甲をプレゼントして 守りにしなさい という話が二つ残っているから

村人にとっては 守り神になるような物をもらえるって

とてもありがたい事だよなあ。。。

と思う。。

村を守る物って 力も刀も持たない村人にとっては

精神的にひじょうに救いとなる気がする。

 

○日本武尊(=小碓命)って 双子のお兄さん(=大碓命)がいるけど

実は 父である景行天皇って お兄さんの方を気に入っていたんじゃないのかなあ。。。

と なんとなくですが そう思いました。。

 

だから 美濃に自分の妃2人を迎えに行かせる という大切なお役目に

お兄さんの方を指名したんじゃないだろうか。。。

(妃を迎えに行くにあたって

昔の事なので あくまでも油断禁物で

知力 武力に長けた人を大将として行かせる。。

と考えます)

 

結果的には まさか

お兄さん 父を裏切って ちゃっかり 妃2人と結婚しちゃって

しかも

偽ものの妃2人を父の元に送って

自分は美濃を支配する!みたいな感じになってしまいましたが。。。

 

○ 栃木県 壬生の車塚古墳って

亀山市の能褒野王塚古墳と

地形的によく似た場所にある!

と 思いました。

 

昨日 車で 通って 改めて

あ~ ここって 懐かしい~~!

亀山の日本武尊様の古墳のところと似てるんだ~~!!

 

って 気付きました。

 

川を行き来した古代

川から見上げる場所にある大きな古墳って

人々を圧倒する すごい存在だったのでしょうね。。。

 

○道路の傍にある 闇夜の中の古墳を見て

昨日 直観的にですが

 

あ~。。。夜の古墳って そこから 根の国に通じてるんだ~。。

根の国に行けるんだ~。。。

 

と思いました。。。(怖)