Archive for 日本武尊

根津大神宮(あえて この表現)

今年は かなり健康で 活動的だったので

このまま無事1年を終えるであろう~~♪

と 軽く考えていたら。。。

 

12月も終わるというこの時期に

見事 風邪をひいて

3日間 寝込みました~~~ ><

 

1日寝てれば 治るだろう~~ と軽く考えていたのですが。。。

甘かった。。。orz…

 

20日 火曜日 仕事中 なんか 体が重い。。

鼻水もいっぱい出る(きちゃない)

おかしいなあ~。。

と 思っていたら

 

21日の朝 布団から起き上がれなくなっていました。。

なんとか這って出ましたが

熱が出たらしく 体がだるくて重くて

仕事にも行けず ご飯も作れず。。

 

思えば18日日曜日 真田丸の最終回の日

風邪をひいたらしいだんなが マスクもせず

咳菌をまき散らしながら

1日中 ぐったり リビングのこたつでうたたねしていて。。

 

これはうつったら大変!と

1日 2階の次女の部屋に避難して

真田丸を BS 地上波と 2回 泣きながら観ました。。

 

そんな努力もむなしく。。。

あっさり うつって 風邪をひいてしまったという。。

どんだけ すごいんだ だんなの風邪菌。。。

(完全に だんなのせいになっているww)

 

仕事は 義母と義父でなんとかするだろう~(鬼嫁)

と気にもせず(鬼嫁)いたのですが

問題は 自分の体。。。でした。。。

 

これ やばくない?

なんで こんな 動けないの?

 

と つらくてつらくて。。。><

 

多分 いつものように 鼻が炎症を起こしていて

熱が上がって 体力的にダメージを受けていたんだと思います。。

 

気力も奪われ。。(これが一番のダメージかも。。)

 

こんなんじゃ 新幹線乗れない。。TT

旅行へ行けない。。TT

と 思うと 悲しくて悲しくて。。。(;O;)

 

真田丸の最終回の悲しいシーンと 曲が

何度も何度も 頭の中をぐるぐるするし。。 ^^;;;

 

いやもう 最悪な感じ状態でした。。。 (^◇^;)

 

午前 着替えて 近くのスーパーへ だんなの夕飯にとお弁当を買いに行って 帰って うどんを食べて1日寝る

の3日間でした。

3日目の23日金曜日は 午後 パソコンを開けることができて

安心したのですが

24日㈯の早朝。。。

朝3時位から 眠れなくなって 布団の中でもんもんしてました。。

また熱が上がってきたので 気持ち的にほんとがっかりして

。。。クリスマスイブにこの状態って。。。

治るのか これ。。。

と がっかりした後

知らぬ間に ちょっと眠ったようでした。

 

そこで 夢を見ました。。

神社の拝殿前に行って お参りしてる夢でした。

ゲゲが1人で

横に誰かいるのかいないのか 見えなくてわからないのですが

お賽銭箱の前で お参りしまして

その右隣りには 青々としたみかんかキンカンの木があって

実がたわわになっていました。

 

その時 見えない誰かが教えてくれる声がして

 

ここは 根津大神宮。

この実は体に良いんだよ。

 

みたいな事を私に言っていました。

 

へぇ~ これって 体に良いんだ。

じゃあ 食べたら治るかな~

 

と私が言ったところで 目が覚めました。

 

あ 今 夢を見ていた。。

あの実を食べると良いって 誰か言ってたっけ。

じゃあ せっかくだから 食べる真似をしよう~。。

 

と どうせ熱が出て意識がふらふらしてるから好きな事をしようと

布団の中で その実を木からとって

2つ もぐもぐと食べてみる真似をしました。

 

その後は また 眠ったようです。

そして その実のおかげか?!

24日㈯ 朝 9時頃 治りました~ \(^o^)/

起きて 動けた~~ ♪

 

で 調べてみました。。

根津大神宮。。

持っていた本を出して 読んでみました。

 

根津大神宮ではなく 根津神社でした。。

ん?!

この神社って この間2か月位前 テレビでやっていて

ちょっと調べたことがある!!

と 思い出しました。

 

根津神社は 大神宮ではなくて 神社なのですが

私の夢の中では 説明してくれた存在の方(あいまい)が

はっきり「根津大神宮」と おっしゃっていました。

 

そして さらに 神社の由来を読んでいたら

あ! そういえば ここって 日本武尊創祀の神社なんだ~!

と 思い出したのです。

 

社伝によれば 日本武尊が東征の折

千駄木でスサノオノミコトに武運を祈ったのが起源

 

なのです。。

 

うわ~~~!!

熱にうなされてる夢の中で

日本武尊様の関係する神社にお参りした~~ !!

なんてこと~!!

しかも みかん だか キンカン 頂いたし~~!!

きゃ~~!!

感動~~~!!!

 

助けてくれたのかなあ~。。。

 

以前は 夢の中に

父の従姉妹のだんなさんで耳鼻科医の先生が出てきて 薬をくれた事もあったけど。。。

今度は 日本武尊様関係の神社。。

実際参拝した事ないけど。。

嬉しいなあ~。。

 

ただ

神社にあったみかんは この間行った実家の庭先になっていた状態に ちょっと似ていました。。

 

解説の見えない方も 声だけ聞こえて 姿はわからず。。

なので。。。

もしかしたら 私のご先祖様が

実家のみかんパワーと 私が好きな日本武尊様パワーを

夢に 視覚として現わして

私に元気を与えようと 声だけ参加してくれたのかも知れません。。

 

そう考えると

不思議だなあ~

と 思えるのと同時に

深く深く 心から感謝の気持ちが湧いてきます。。

 

とりあえず 治って良かった~~~!!!

\(^o^)/

元気に動けるって 幸せ~~~!!!

(^◇^)v

 

 

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日本武尊 棺 空っぽ 白鳥伝説 大鳥大社

昨日は 6月の旅の思い出に浸りながら

自分が今まで書きなぐってきた歴史覚え書きノートに

ラベルをページの端っこに張り付ける作業をして

めくりやすくして 遊んでました。

 

何気に むふむふと読み返していたのですが

大鳥大社について調べた懐かしいページが出てきたので

またまた気になって くいついてしまいました。

 

やっぱり なんかこう

 

棺 空っぽ

 

っていう あの 山岸涼子先生名作「厩戸皇子 続編」のお言葉が

頭の中に浮かんできます。

この件は 自分のブログでも 何度も考察を書いてますが

やっぱり 最初から ご遺体は大鳥大社で呪詛に使うつもりで

能褒野陵には埋葬せずに 持っていっちゃったんじゃないかと思うのです。。

 

飛んでいく白鳥の後を 妃達は泣きながら後を追った

 

って なんかこう 想像すると かなり異様な光景に思えるのです。

鳥が飛んでいっちゃってるのに 泣いてる暇はないでしょう!!いくら 悲しくても!!

 

確か ものすごい大きい鳥なんですよね。。

翼を広げると12メートル以上。。

白鳥以上にでかいです。。。。

数回羽ばたいただけで 地上にいる人間からは またたく間に見えなくなってしまう感じがする。。(モスラ並み?)

皆さん!(誰?)泣いてる暇はありませんよ!

アスリート並みに走らないと あっという間に見失っちゃいますからね!!

まじめに考えても 能褒野から御所(鳥になった尊が最初に降り立ったと言われてる場所)は かなり距離があるし

上空を飛ぶ鳥の後を 泣きながらは追えない。。って思う。。。

最初の1時間は空を見ながら泣いて頑張れる(?)余裕もあると思うけど。。

その後は。。。

疲れてもう無理。。歩けない。。。

。。。ってなりそう。。。

(昔のお話を 真面目に検証。。)

 

これって

 

違う地へ持っていかれる尊のご遺体の後を 妃達は泣きながら後を追った(呪詛に使われるのをわかっているから)

 

に変えると しっくりくるような気がします。

悲しいですよね。。。

大和ではなく その先の海ぞいの地へ持っていこうというのですから。。。

 

 

 

そして 日本武尊をお祀りする3つの陵ですが

やっぱり 御所市の古墳は 仲哀天皇と妻の神功皇后が作ったもので

津堂城山古墳(軽の里ではない派)は仲哀天皇と先妻の子達 押熊王・かご坂王が作ったものではないか。。。

と 思うのです。。

この件に関しては ブログでもしつこい位何度も考察しましたが

今では 最終的にこう考えてます。。。

 

能褒野で埋葬されるはずだった尊のご遺体は

誰かの意図で 大鳥大社へと向かった。。

三重から堺へ。。陸を通って その後は海沿いを通ったと 思います。。

 

大鳥氏が支配していたという大鳥の地で

尊をお祀りしたのは 大野氏。。

 

能褒野から→堺は 西方面

陰陽五行で 西は 白。。

鉄関係も(金属?) 白 みたいです。。

尊は 鉄の産地を支配するために 東征に赴いたようですから。。。

鉄の王子様。。。

 

鉄(白)を求めて全国を駆け巡った尊は

能褒野に埋葬されずに 西(白)の大鳥の地へ連れていかれてしまった

 

白 大鳥 = 白い大きい鳥 = 尊の体が白い大きい鳥になった

 

そういう連想が 後々 伝承となって

尊の体は 白い大きい鳥となり 西へ向かって飛んで行った。。

と 人々が信じていった。。。

気がします。。。

 

仁徳天皇の頃には

 

日本武尊の陵は 空っぽだから 墓守を置くのをやめよう

 

というお気楽な意見が 天皇から出されたほどですから

尊の大鳥伝承は 呪詛という暗い側面は忘れられて

単純に涙をさそう大鳥の伝説へと すでに変化していったのだと思います。。

(いや だからって せっかく古墳があるんだから 墓守の一人位 いても良いじゃん。。)

 

呪詛って 決めつけてますが

ふつうだったら 古墳に埋葬するところを

なぜか 鳥が飛んでいったので神社で祀った

っていう不思議な変わった伝承が残っているので

 

ん??? これはきっと 何かあるに違いない!。。。

 

と 勝手に決めつけてます。。

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平成28年6月9日(木)奈良一人旅 初日 景行天皇陵近辺 其の七

すでに8月になってしまったのにまだ初日分。。 (*_*;

でも 本当に ふとした瞬間に思い出すたび懐かしいです。。

奈良のあの空気。。

ほんとに楽しい旅でした。。 ヽ(^。^)ノ

↓ 景行天皇陵 鳥居

ばしばし撮影していたら 鳥居の奥に 一輪の花が咲いてる!?

私のために 天皇様が 白百合を?! きゃー!!♥

DSCN1977

↓ 老眼のため 肉眼ではよく見えず。。w

カメラのレンズの望遠を最大にして撮影。。

。。。

旅行後 自宅PCで確認してみたら 枯れた葉っぱでした。。 (^◇^;)

DSCN1982

ちょっとがっかりしたけど でも 良いの。。

この時 ささやかな幸せを感じられたから。。(笑)

↓ さすが奈良。

史跡巡りに良いですね。いろんな案内板が立ってます

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↓ すごい雲。。三輪山方面かなあ~。。

DSCN1987

予定では この後

西殿塚古墳、大和神社、渟名城入姫神社、稚宮神社

(今 自分で入力していても すごいハードスケジュールだ。。 w)

へ足を延ばそう~~~ と 思っていたのですが

日没過ぎたので 名残惜しいけど 帰る(?)事にしました。

写真も 暗い中で撮らなきゃだから 部分的になっちゃうし。。

 

それに なんといっても 今回は4日間も日にちがあるから

予定通りにぎゅーぎゅーではなく

時間的に余裕を持って のんびり歩いてみたくなったのでした。。

↓ 景行天皇陵隣りの 上の山古墳

大き過ぎて 古墳のふもと?からは全体像がよくわからない。。^^;

DSCN2006

DSCN2005

池田仁三氏 古墳墓碑によると

景行天皇妃 水歯郎女の墓だそうです

水歯郎女の父方の祖母は綺戸辺(かにはたとべ) 祖父は垂仁天皇

 

↓ 古墳のすぐ下にある神社

夕闇迫る中 ぽっと灯っている灯篭の灯りがステキでした

この古墳で眠るお方がかつて住んでいた宮跡でしょうか。。

と この時は なんとなく勝手に妄想していました

 

私的には とても素敵な落ち着いた神社でした

夜 訪れてくる殿方をお迎えするために 灯りを点けて待っている。。

みたいな (#^.^#) 。。。

女性的な感じを受けました。。

 

帰ってきてから調べてみました

水口神社

ご祭神 大水口宿禰命

ニギハヤヒ尊の4世孫

物部氏 !!

DSCN2007

DSCN2009

 

うーむ。。。

水歯郎女。。 大水口宿禰。。。

「水」 が一致している。。。

 

とりあえず ここを 後世の方たちが 神社として祀ってるってことは

何かこう パワーのある地なんだと思います。。

物部氏関係!

まだまだ明るいのですが さすがにもう19時なので

駅をめざして てくてく国道を歩き始めました。

 

素敵な夕焼けでした。。

雨の予報だったのに ここまできれいな紅い景色を見せて下さって

ほんとに感無量です。。

雄大~~~ 古都の貫禄~~~

DSCN2013

暑くて 汗びっしょりだったのですが

夕方の涼しい風がとても心地よくて 気持ちよく歩くことができました

憧れの奈良の地を こうして 一人のんびり写真を撮りながら歩ける事が

ほんとにもう 幸せ過ぎて幸せ過ぎて幸せ過ぎて。。。(*^。^*)

言葉にできない~~♥ 感動~~!

 

古代 ここは 古墳があるからさびしいところだったのかな。。

日本武尊は どこを歩いたんだろう。。

景行天皇より先に亡くなったから お墓詣りできなかったんだろうな。。

などなど。。

奈良の現地の空気を感じながら 古代の事を妄想して歩くのは

なんともいえない贅沢な時間です。。

DSCN2024

DSCN2028

↓ 19:30頃 柳本駅 到着

カメラのバッテリーが切れたので

小さいカメラをバッグから出して 撮影しようとしたら

カードエラーが出ました。。

えぇぇぇぇ~~???!!

もしかして カードが壊れた?!

ぎゃ~~~!!!

この小さいカメラで撮りためたデータ 全部 消えちゃったの?!

がーん ==。。。

 

ショックで倒れそうになりましたが

さっきのテープエラーの件もあるので

あきらめずに

カードを出しては入れて 出しては入れてを繰り返していたら

無事 元の状態に直りました!!

以前撮影したデータも 無事でした~~ ヤッター!(^o^)丿

 

↓ 柳本駅は無人駅で 奈良方面ホームへ行く歩道橋には屋根がありません

すごい雲!! 歩道橋の上から撮影

ぽつぽつと雨が少し降ってきましたが すぐ止みました

P1030276

↓ 月も出てました!

P1030279

↓ 奈良へ行くホームから夜の駅構内を撮影

人がいなくて 解放的です~

旅行先の無人駅で ほぼ一人 ホテルへ帰るために

屋根のないホームで 電車を待つのは

とても好きな時間です。

周囲の用水路の水の音や 田んぼのカエルさんの合唱やらが

心地よく聞こえてきて

ほんと気持ち良かった~~~ 幸せ~~~

P1030283

20:08 柳本駅 乗車

 JR桜井線

 20:30 奈良駅 着

平日でしたので 部活帰りの高校生や 会社帰りの方たちなど

電車内は混んでいました。

旅行へ行くといつもですが 部活帰りの高校生たちを見ると

頑張ってるな~って思って ほんとほっとします。。

保護者さんが 駅まで車でお迎えに来てるのも 電車から見えるし。。

自分の子育て時代が 懐かしいです。。

 

奈良駅に無事戻ってこれました!

コインロッカーからキャリーケースを出して

駅ビルのスーパーで(イオンカード 持っていけばよかった!! w)

夕飯 寿司 サラダ 唐揚げ 缶チューハイ を買い

ホテル目指して 歩き出しました

さすが 観光地 奈良!!

夜 観光客がたくさん歩いてる!!

お土産やレストランが並ぶ道を

キャリーバッグをガラガラひっぱりながら ホテルへ行きました

駅近 ワシントンホテル~~ 久々~~ チェックイン~~~♪

20代正社員時代の出張以来~~

 

無事 ホテルの部屋に入って

一人でお疲れ様の晩酌をしながらご飯を食べました。

 

あ~~~!! 今 思い出すと あの旅が懐かしい~~!!

4日間も のんびり過ごせた~~~ ちょー幸せ~~ (^o^)

また 行きたい~~~!!! ヽ(^o^)丿

 

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2016年6月9日(木)奈良一人旅 景行天皇陵 その六

↓ 櫛山古墳案内碑 (古墳からちょっとだけ離れたところにあります)

DSCN1947

櫛山古墳は 前方後円墳の円の部分に突起が出ているめずらしい形なので

多分 おそらく 人の頭に櫛がのってるみたいな感じに見えるから

櫛山って ついたのかな? って 思いました。。

 

ちょっと調べたけど わかりませんでしたので

勝手に そう思っただけなのですが。。

 

奇妙な一致というか 不思議ですねえ~。。

 

コンピューター画像解析 池田仁三氏によると

この櫛山古墳の主は

日本武尊のお母上である「播磨のいなびの大郎女(おおいらつめ)」様です。

 

ですが 宮内庁の指定では

私も去年訪れましたが

播磨にある古墳が 一応

景行天皇のご正室=日本武尊の母上=播磨のいなびの大郎女様の古墳

ということになっています

 

景行天皇の奥様に関する伝承ですが

現在残っている播磨の風土記(部分)によると

景行天皇の愛した印南わけ嬢(いなびの大郎女様か その妹君が 全くの別人かよくわからないらしい。。)が 亡くなって 播磨に埋葬する途中

棺が川に落ちてしまったそうです

探したけれども とうとうご遺体が発見されずに

仕方なく 櫛箱とひれ(服)を古墳に埋葬したそうなのです。。

 

まあ 偶然にも

この大和の櫛山古墳の名前と 播磨の古墳の伝承が「櫛」でつながっただけですので

偶然といえば ほんと 単なる偶然で片付いちゃう話なのですが。。

 

ちなみに 池田氏によると 播磨の現在宮内庁管理の古墳は

大郎女様の妹君の眠る古墳だそうです。。

 

風土記の話も。。。

川に棺が落ちてご遺体が見つからないって

ほんと 不思議な話なのですが。。。

その方が 大郎女様にしろ 妹君(日本武尊の叔母様って事になります)にしろ

「櫛」がついてまわるってことは

やっぱり お二人とも かなりの力を持った巫女だったのかしら。。。

なんか 呪術のにおいがする。。。 ^^;

 

私は 勝手に 櫛山古墳のお方は 日本武尊のお母様!!って

ほんと勝手に 信じてます ♪

 

天皇より早くに亡くなった正妻は

正妻の出身地ではなく 天皇の古墳の近くに埋葬されてる気がするのです。

この場合 近くに 景行天皇陵がありますので

特にそう思います。

 

まあ それ以外にも

「女の子なんだから 危ないでしょ」って ふんわり感じたあの雰囲気が

ほんとにステキで 優しかったのでした。。。 にへら~~~

この年にして 女の子扱いしてもらっちゃったテヘペロ

 

あとは サバイバルゲームが行われているらしいという事ですが。。

ほんと 古墳に対して失礼なので やっちゃいけないと思いますが

大郎女様には 日本武尊他4名位(記紀によって違う)の男子がいらしたみたいなので

男子の危ない遊びに対して 若干

仕方ない。。

位の気持ちをお持ちなのかな。。って 感じました。。

 

でも 古墳で サバイバルゲームはやっちゃいけない!

ありえない!!

やる人間の神経を疑います!!

大郎女様の代わりに 私が怒っておきます!!!

 

お礼を言って 櫛山古墳を下りて

再び 崇神天皇陵の隣の道へ出ました

崇神天皇陵は 水部分の隣りっていうか(変な表現)

いわゆる川沿いの土手みたいな部分があって

地元の方々の散歩コースになってるようでした。

何人かの方が 夕方のお散歩かしらん 歩いていました

 

ゲゲも 失礼しま~すと言って ちょっと歩かせて頂いたのですが

そこから見える景色が んも~~~ 最高~~~!!なのでした!!

 

↓ 右の柵が崇神天皇陵のもので

前方の森は たぶん いざなぎ神社とその隣の古墳のもの

 

光が降りてる土地には 重大な何かが?!

DSCN1954

DSCN1957

 

きゃー!すごい すごい! 雄大な眺め~~!!

と 大興奮して ビデオも撮り始めました。

で テープが終わったので 新しいテープを入れたのですが

きちんと入れたにもかかわらず エラー表示が出て

ビデオカメラが使えません。。。。ーー;

 

ん?・・・

おかしいなあ~。。。

 

このテープ 以前に買ったとはいえ 一応新品だし。。。

 

えいっ! これでどうだ!!

 

と 6回位 出しては入れ 出しては入れを繰り返したら

やっと ふつうに使えるようになりました。。

 

?? 一体 どういうこと?^^;

湿気てた? んなこたーないと思うんだけど。。

 

と 新しいテープで 再び景色を撮り始めたら

黒っぽいふわ~っとしたのが映り込みました。。

 

えぇぇぇぇ~~~?!!

 

と思いましたが ドキドキしながら 撮り続けました。

ふっと 周囲に気づいたら ↓ここの真ん前だったので

(陵墓管理のための 職員さんの出入り口みたいです

なんか 真っ暗で 先が何も見えない。。闇が濃い。。。)

 

DSCN1955

 

夢中になって お尻を向けて撮影してたので 反省しました^^;

一応 写真撮らせて下さい~~~!! と心の中でお願いしてから撮影を始めたのですが

お願いの仕方がちょっと中途半端だったかも。。。とも反省したり。。

 

もしくは ゲゲの憑けてた変なものを 払って下さったのかもだし。。。

 

とりあえず すみませんでしたー!!

そして

ありがとうございましたーーー!!!!

 

帰宅して 長女と次女に 動画に映った黒いものを見せて 感想を聞きました

2人とも

「最初の黒いものは足があるから虫だろうけど 次に移ったもやみたいな黒いものは なんともわからない」

と 言いました。。

 

まあでも 撮影中は 見晴らしもよく

雄大な景色を独り占めといった感じで 大変気持ちよかったでした。

奈良へ来て良かった~~~!! 楽しい~~~!!

と 心からのものすごい解放感を味わいました。。

 

国道に出て  てくてく南下?していきました

15分位で 景行天皇陵へ着きました

DSCN1973

DSCN1978

 

大きすぎて 大きすぎて ^^;

すごい迫力でした。。。

 

崇神天皇陵は オーラあふれる華やかな開拓王という感じですが

景行天皇陵は わりと落ち着いてどっしりしてるという感じがしました。。

玲子さんも確か

椅子に座って命令して 人を動かしてる

ような事を霊視なさっていました。

 

景行天皇。。。日本武尊のお父様。。。

なんだか ものすごく上にいる感じのお方だなあ~と 感じました。。

雲の上にいるみたいな。。。

そして 皇子たちに どこそこへ討伐に行きなさい と言って

決して 逆らうことを許さない みたいな。。強大な力を持ってらして。。

威厳というか貫禄というか 計り知れない大きさを持つというか。。

 

なんか思わず はは~~~っと ひれ伏したくなるような圧がありました。。

 

崇神天皇陵でも 景行天皇陵でも感じたのですが

古墳上空の白い雲が すでにもう 普通の雲じゃなくて

古墳を引き立たせるための 白い照明になってるというか。。。^^:

撮影の時も ほんと まぶしかったでした。。。

夕方だったのに。。。

 

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2016年6月9日(木)奈良 一人旅 櫛山古墳 景行天皇陵 その五

なんかもう 雨の心配が全然なくなったという

すごい午後になりました

 

崇神天皇陵周辺は 田んぼがたくさんあります。

田植えが終わって 小さい緑の葉がそよいでる田んぼや

明日が田植え みたいな準備ができてるところや

農家の方が草むしりなさっているところとか。。。

 

用水路の水も どぼどぼ大きな音をたてて

田んぼにたくさん注入?されていて

ほんと 見る景色 聞く音 全てが気持ち良いのでした

 

はあ~~~!! 最高~~~~~!!!

ちょっと暑いけど 来てよかった~~~~!!!

 

一人で 気ままに のんびり

あっちへ行こう~ それとも こっち?~

なんて ふらふらしながら 歴史ある土地を歩くって

本当に とても幸せで 最高の贅沢をしてる気分でした♪

 

いざなぎ神社を出て また 道路を渡って

崇神天皇陵の隣の道を東方面かな。。 山の辺の道方面へと向かいました

お目当ては 櫛山古墳です。

コンピューター画像解析 池田仁三氏によると

櫛山古墳に眠るお方は 日本武尊のお母様なのです

播磨のいなびの大郎女様

 

↓ で

櫛山古墳を目指して歩いていて

崇神天皇陵を振り返って 空の雲を見たら

こういう感じになっていて びっくりしました!!!

 

DSCN1917

 

私には この雲 馬に乗る崇神天皇に見えました。。。!!

玲子さんが霊視した「馬に乗る崇神天皇」の絵を

永久保先生が漫画で描いていましたが

まさに それ!!! カリスマ性あふれる王者!!

みたいな。。

 

↓ 櫛山古墳 解説

宮内庁管理になってないので 登れます

ですが 廻りが用水路というか水が流れているので

柵もないし

古墳から落ちたら 水にもろ落ちます ^^;

DSCN1918

 

山の辺の道の傍に ひっそりとたたずむという風情の古墳です

牛ガエル。。 ほととぎす。。

素敵な大合唱が 山というか 古墳というか。。

辺り一帯に響いていました

 

↓ 大きすぎて 写真に収まらない。。。

できるだけ後ろに離れて ↑の立て看板のある場所を撮影してみました

高台にあって 木は茂ってるし 道は狭いし

崇神天皇陵も迫ってるし

撮影できる場所が限られてます。

DSCN1940

↓ すぐ隣りにある 山の辺の道

歩道。。 自転車は通れないことはないと思うけど

歩いたほうが良い感じかも。。

ずーっと 行くと 大神神社に行けるんですね

DSCN1927

DSCN1928

 

↓ 櫛山古墳

悲しい事ですが。。。「サバイバルゲーム禁止」の看板?が木にくくりつけられてます。。。

むかつく~~~!!

古墳の上で サバイバルゲームやるなんて どういうつもり?

失礼過ぎる!!!

こんなステキでおだやかな古墳で ダメだってばよ~~~!!

DSCN1938

 

ほんとに素敵な場所でした

うぐいすの声があちらからもこちらかも聞こえ

それらが透き通るように美しくて 心が洗われる思いがしました。。

夢中になって写真を撮り ビデオで撮影しました。

 

しばらく 写真を撮っていたのですが

ふと 心地よかったカエルさん達の合唱が

なんだかちょっとだけ 不安をかきたてるような感じに聞こえてきたのでした。。。

あれっ? なんで?

と思っていたら

頭の中に

 

「もう遅いから帰りなさい。女の子なんだから 危ないでしょ。。」

 

と 優しい女性の声が聞こえたというか 伝わってきたというか。。

なんとなくですが。。。

 

はっとして 時計を見たら 夕方の6時半でした!

ついつい夢中になってしまって 時間に注意を払うのを忘れていました。

 

日没が~~~!!!

やばっ!! 早く ここから下りて 明るい道路の方へ行かないと!!

 

古墳は 夜間照明がないので ^^; 当たり前ですが

夜は真っ暗になってしまって 大変危険です。。

いつも気をつけていて 足元が良く見える明るいうちに 古墳から降りるようにしていたのですが

この時は 興奮していて ついつい長居をしてしまっていました。。

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2016年6月9日(木)崇神天皇陵 景行天皇陵 奈良一人旅 その四

黒塚古墳は 駅から徒歩で行ける場所にあります。

黒塚古墳を出て さらに東へテクテク行くと 今度は

第10代崇神天皇陵が でーん!!!とあります!!

 

なんか こんな簡単に 日本の偉大な天皇の古墳に行けちゃって良いんだろうか。。

小心者のゲゲは なんかもう畏れ多くて 畏れ多くて。。。(((((゜Д  ゜;)))))

玲子さんの霊視では 馬に乗ったカリスマ性あふれる王が視えたそうです

オーラがすごくて 隣(そこそこある距離)の景行天皇陵がかすんでたほどだそうです

↓ なんかもう 雲もすごかった w

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 ↑ たぶん 鳥さん。。忘れたけど。。^^;

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DSCN1873

周溝に水がたっぷり流れています

江戸時代の水を流す工事のため 古墳の形は変わってしまったみたいです

 

↓ 宮内庁職員さん?のための小屋があります。

職員さんらしき方がいました!!

さすが 第10代天皇陵ともなると格が違う~~~ ><!!

DSCN1878

↓ たぶん 宮内庁の方々の仕事の車?

これに乗って移動して

あちこちの古墳を巡って管理してるのかも~(推測)

DSCN1880

↑ いやいやいや

こんな畏れ多い場所に無断駐車なんかしたら

絶対 後が怖いって。。色々と。。。 (^o^;)

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↓ 鳥居と古墳の間を滔々と流れる水

迫力は 堺の仁徳天皇陵に勝るとも劣らない!

なんかもう大きすぎて 森だか古墳だか湖だか山だか

何がなんだかわからない~~~ TωT泣く。。。

DSCN1904

 

↓ 崇神天皇陵の前の道路をはさんで向かい側の 趣ある素敵な古社

夕方 徐々に闇が増していく中 灯篭?に灯りがともってました

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↓ いざなぎ神社

 DSCN1888

灯りに惹かれて ふらふら~っとお参りしたのですが

看板のご由緒を読んで

腰が抜けるほどびっくりしました!!!

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↓ 東征が決まった日本武尊が弟橘媛と結婚した後

東征の無事を祈って ここにお参りに来たっていう!!!

ものすごい伝承がさらりと書かれてある~~~!!!

え~~~??!! 私の知らない伝承がここに~~~~!!!

なんてこった~~~~!!!

DSCN1900

↓ 拝殿

見えないけど 右隣に さらに趣がある社務所があって

おじさんが大量の段ボールの片づけをなさっていた。。

 

ゲゲは ご朱印状が欲しかったけど 夕方だったし

忙しそうだったし 何かお祭りの準備でおおわらわだったのかもだしで

声をかけられませんでした。。^^;

DSCN1881

↓ 奇跡が?!

「それでは帰ります。本殿のお写真を撮らせて下さい」

と 心の中でお願いして カメラのシャッターを切ろうとしたら!!

今まで曇っていたのに 突然 本殿に夕陽がパーッとさしてきて

屋根の金細工?が 夕陽に反射してきらきら輝いたんです!

DSCN1892

「これでどうだね? さあ 撮りなさい!」

みたいな 神様の声が聞こえたような。。。(*_*;

 

うわ~~~ すご過ぎる~~~!!!

って あっけにとられちゃいました。

口を開けて ぽかーんとして

やっぱ 神様すごい!!森羅万象操れるんだ~~~!!!

って本気で思っちゃいました。。

 

人知を超え過ぎてる!! 人間技じゃない!

これぞまさしくの神様パワーを見せつけられたような気分でした。。

すすすすごい!!

さすが 天照大御神様のお父様~~~!!!!

ありがとうございました!!! <m(__)m>

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2016年6月9日(木)~12日㈰ 奈良旅行 3泊4日 一人旅♥

5月に色々 むしゃくしゃした事があったので ^^;;;

そうだ!6月は2泊3日(金)~(日)で奈良へ行こう!(笑)

と決めて だんなに言ったら

「1週間ぐらい 行ってこい!」

となぜか言いやがったので

 

(言ったな!! 私 ほんとに行くよ!! 実行するから!!)←心の声

3泊4日(木)~(日)に変更して さっさと予約しちゃいました(笑)

 

今回は おととしのリベンジというか。。。

 

おととしは 7月に奈良へ行きましたが

確か 最終日が 雨上がりの猛暑日になってしまって。。。

 

この照り具合。。 古墳へ行ったら 暑くて死ぬ。。

 

という事で 午後の予定を断念して 桜井市にさよならして

ふらふらとJR奈良線に乗って 早めに京都駅へ行ったのでした。。

 

それからずっと

景行天皇?様の

わざわざ雨の予報を晴れに変えてやったのに なんで 来なかった?!

みたいな感じの声というか電波というか。。。

と 同時に

暑さに弱い 情けない自分を責める自分の声というか。。。 (^o^;)

 

まあ あの時は 確かに 屋根もない古墳へ行こうとしたら

きっと 道中 熱中症で倒れていたと思いますが。。(笑)

自分で救急車呼んで病院に搬送されて

だんなと長女に迷惑かけて さんざんっぱら怒られていた事でしょう。。。w

 

あの悔しい思い?があったので ゲゲは その後 体を鍛え。。?

多少の暑さにも大丈夫な身体になりました!

バッグもショルダーオンリーではなく リュックを併用し

背中のリュックに重いカメラを入れ

ショルダーは軽いもの!

そして なるべく レンタサイクルを使おう~~!!!

 

と 色々作戦を練って 昨年の兵庫旅行でも かなりうまくいきまして

そして

おし!!今年!!リベンジ!!奈良!!

となったのでした。。

ちなみに 今年は 杖を持っていかなかったのですが

ばっちり大丈夫でした! 膝も丈夫になってました(笑)

 

奈良。。特に 巻向ですが。。

ここ数年 なんとなくなんですが 想っていて。。。

豊城入彦命様(崇神天皇ご長男)と日本武尊様(景行天皇 皇子)は

幼い頃? それとも元服した後?

巻向の地で 過ごした。。。って 思うんです。。

 

古代の家父制度はよくわからないけど

子どもは 母方の家で生まれて

ある程度大きくなったらお父さんの暮らす地へ行くのかな~。。。

と そんな気がします。。

 

日本武尊は お母さんが景行天皇の正妃だったから

もしかして 生まれも巻向なのかもですが。。。

よくわかりませんが。。^^;

 

で ゲゲは ずっと

お二人が過ごした地を歩いてみたい。。(チャリで走りたい。。)

という 漠然とした憧れを持っていたのでした。。。

 

今回の旅で 実現しましたので

たいそう嬉しく思います。。(#^.^#)

 

そして 霊能者玲子さんが恐れた?西殿塚古墳

玲子さん達が絶賛した ホケノ古墳

そして ちょー有名な 箸墓古墳

 

ここはなんとしても 訪れたい!!!

と願っていた場所にも  無事 行く事ができました!! (^o^)丿

 

そしてそして

ポロンさんにも会えて!! ちょーラッキーハッピーでした !(^^)!♥

幸せてんこもりの 良い旅でした~~~!

4日間 ほんとに楽しかった~~~ ♪

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