2018年5月6日㈰下野チャリ散歩 不思議な感じのサイクリング日和

この日は いつもより ちょっと遠くへ足を伸ばそうと

宇都宮の自宅を出発して

壬生町の磐裂根裂神社でご朱印を頂いてから

いつもなら車で行く 壬生町の車塚古墳へ

愛チャリでのんびり行きました

 

そして その次は すぐ近くの愛宕塚古墳へ行きました

震災直後 一度 訪れた古墳ですが

この日は その時と 雰囲気がガラリと変わっていて

あたたかく 優しく美しく とてもすてきな場所になっていたので

私は 嬉しくて キャーキャー言いながら しばし 滞在させて頂きました

 

それから

さあ 上三川町の白鷺神社へ行きましょうか~

と 初めての道を選んで 出発しました

 

私は 方角を たとえば 南東だにゃ と定めたなら

そこへ向かって 知らない田舎道(失礼)を チャリでゆるゆる適当に行くのが好きで

今回も そうしてみました(車の場合は ナビでちゃんと行くのが好き)

とりあえず 南南東に向かって 進んでみたのです

 

よく晴れた気持ちの良いお天気

日差しを浴びながら 田んぼや畑の間の道を

1人で のんびり 進んでいく 気持ち良さ♪

 

そんなこんなで楽しく自転車をこいでいた私は

30分後

 

あれ? ここって 全く知らない道だ。。。^^;

遠くに見える景色も全然違う。。。

っていうか 100mほど離れたところに立ってる木々が邪魔して

遠くの山が見えない。。。(^◇^;)

 

と 気づきました。。

 

えぇ~ ???

いつもの道はどこへ行ったの~~???

 

と 不安を感じながら ひたすら 南南東へ。。。

 

ここって。。。 もしかして あの世じゃないよね?。。。

誰もいないし。。。

田んぼも 乾いた泥だらけで 水入ってないし。。。

私 別次元に迷い込んだんじゃないよね。。。

私 生きてるよね? 死んでないよね?

何 この 雰囲気。。空気。。。閉塞感。。。

広々とした農村地帯なのに。。。

 

と 思ってしまったほどの 不思議な不思議な空気感のある場所でした

 

やっと ちょっと広い道路に出て

看板に小さな観光地図が貼ってあり 見てみたら

 

え~~??? ここって 石橋なの??? 壬生じゃないの?

 

と びっくりしました

 

時間的&体力的に 上三川へ行くのを 即座に諦めて

じゃあ 地図に書いてある孝謙称徳神社へ行こう~ と 決めました

 

この神社は 下野に左遷された道鏡関係の孝謙天皇を祀る神社で

以前 一度 訪れたことがあります

 

なので

簡単にたどりつける! と 思って

地図をきちんと確認せず ふらふら出発してチャリを走らせたのですが。。。

 

気付いたら 全然 たどり着けず。。。

 

え ここ どこ?

あれ? 国道4号線だ。。。

 

という 若干 ほぼ完全な迷子状態に。。。w

4号線を北上すれば 宇都宮へ戻れるとわかってるので

じゃあ 意地でも戻らない! みたいな。。。^^;

 

そんなこんなで 意地を張り続け 孝謙天皇神社を探して走り続け

途中の ステキな神社で休憩して おにぎり食べたり

自分 全然 焦ってないもん~~!!!

と 気取っていたのですが ^^;

 

気付いたら 小金井駅前 に出て。。。

 

さすがに 私の進んでる方向は とんでもない方向だ。。

このままでは 小山へ出て東京へ行くことになってしまう。。。

 

と 気付いて 宇都宮方面へ 引き返すことにしました ^^;;;;

もう 孝謙天皇神社へ行くのは あきらめましたw

BS18時の西郷どん までには 吉野家の牛丼買って 自宅に着きたいし!w

 

よし じゃあ 4号線を通らないで 今度は 北北西へ向かって

斜めに 知らない道!農道!を行くぞ~~~。。。

近道じゃあ~~~~~!!!!

 

と 1人で 気勢をあげて 自転車をこぎだしました

気付いたら また

全く知らない未知の道を走ってる ことに気づきました。。。 ^^;

 

え~~~ ここどこ~~~???

こんな道 あったの~~~???(失礼)

不安過ぎる~~~ ><

 

川。。。

箕輪城跡。。。

いくつもの神社。。。

 

自転車をこいでいると 要所 要所に 古そうな威厳のある神社が建っていました

江戸 明治で言えば 村の神社でしょうか

今も大切にされているようで 掃除が行き届いて とてもきれいでした

 

落ち着いて よくよく 周囲を見渡してみれば

田んぼは 水を入れてる途中だったり

田植えが済んでるところ 済んでないところがある と 判明しました♪

農家の方達が 今まさに田植え作業にいそしんでる田んぼもありました

 

で のどかな風景を眺めながら

不安を紛らわせ 平気な顔をして自転車をこいでいた私ですが

内心 ものすごい 不思議な感じを味わっていました

知らない場所 というせいもあるでしょうが

父母の生家が農村地帯だったので

農村の風景には慣れてるつもりでしたのに。。。

 

戦国時代 。。。

 

という 感じが 妙に伝わってきて。。。

不思議な気持ちいっぱいになりました

 

いつもは 古墳やら遺跡やらで 古代の感覚を感じるのに

今回は 戦国時代?・・・

 

箕輪城跡を 遠くから 見たからかなあ。。。

 

この道のせいかなあ。。。

普通の 農道だけど。。。

不思議だなあ。。。

 

不思議 不思議 と 思いつつ チャリをこいで

壬生町に入り 線路の踏切を渡ったら。。。

 

 

あれ?

 

狐につままれた感いっぱいになりました。。

 

知らない道と思い やみくもになって 走ってきたのに

気付いたら 朝 お別れした 愛宕塚古墳の前に出たのです。。。

 

 

?????

えぇ~~~ そうなの?

この道 そうなの???

 

もう~~ 一人つっこみの嵐でした

適当に走ってきたのに なぜか また 振り出しに戻されたみたいな。。。

 

愛宕塚古墳にお礼を言って 宇都宮へ向けて 北上しました

途中 吉野家で牛丼買って w

無事 18時前に 自宅へ着きました

 

家で 見てみたら 3つ牛丼を買ったつもりが 二つは 豚丼でした ^^;

狐につままれとる~~ >< 単に 私の発注ミス?

 

 

夜 私の通ったルートを 地図と栃木神社誌 で 確認しました

孝謙称徳神社を目指して走っていたはずでしたが

私は 北へ行くべきところを 南へ向かって走っていたのでした。。

どうりで たどりつけないはず。。。><

 

不思議な空気に満ちていた道は

下野市(旧 国分寺町)箕輪 橋本

壬生町藤井 という場所を通る道でした。。

戦国時代 その道沿いに城があったのだそうです(おぉ~~~!!!)

 

そして 道中いくつも見た神社を 地図で住所を割り出して調べてみたら

一つ  豊城入彦命様の名前が由緒来歴に出てくる神社があったのです!!

今までノーマークの 初めて知った神社だったので びっくりしました!!!

 

そこは 私は気付かずに 通り過ぎていた と 判明しました

 

うが~~~!!!

なんて ミステリアスな土地&道なんだぁ~~~!!!

きっと 戦国時代以前の 古代へもつながっている気がする~~~!!!

 

地図で見たら 近くには 国分寺跡 や 古代の国府跡もあるという

うわー ここって 軍事上ものすごい重要な処なんだろなあ。。。

という場所でした

 

不思議感と不安感いっぱいで通った道でしたが

下野の歴史探索に 新たな重要ルートを発見できた(昔からあったけど^^;)喜びで

いっぱいです ♥

未知の世界へ足を踏み入れて

ニューワールドが目の前に開けたような気分~~~~

大げさ~~~ヽ(^。^)ノ

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八角墳の謎 中大兄皇子(天智天皇)と中臣鎌足による蘇我氏への対抗呪術

大型古墳の終末期に 八角形の古墳が出現します

今までは

進化したんだね~

と 科学の進歩みたいに軽く考えていましたが

先日

もしかしたら 八角形という形は

天智天皇サイドが 蘇我氏に対抗しようと取り入れた呪術なのかも!

と 気付きました ( ̄□ ̄;)!! ∑( ̄□ ̄ノ)ノ

 

最初に登場した八角形の古墳は 舒明天皇陵だそうです

おそらく

次の天皇であり妻の皇極天皇と 息子である中大兄皇子が

神事・祭祀のエキスパート 中臣鎌足に相談し

蘇我氏対策& 自分達の子孫繁栄に効果があるようにと

八角形の形を取り入れたように思います

 

当時の蘇我氏は 蘇我蝦夷の時代で

とても繁栄していたそうですが

私が思うに それは吉相の土地に造られたお墓効果だと思います

 

蘇我家の馬子(蝦夷の父)の墓と伝わっている石舞台古墳を訪れた時に感じましたが

そこは とても気持ちが良い場所でした

いるだけで 体中に良いパワーをもらえるような

不思議な何かを感じられました

 

墓というのは

古代中国の風水思想で

良い土地に作ると子孫が繁栄するという

最強のパワースポットだそうです

 

皇極天皇 中大兄皇子 中臣鎌足たちは

蘇我氏の勢いがこのまま続けば

天皇家を上回る力を持つ恐れがある

と脅威を感じ かなりの危機感を抱いていたと思います

 

蘇我氏が代々受け継いできた仏教パワーも

恐れの対象となったのかも知れません

(参考文献 HONKOWA 寺尾玲子の真 闇の検証

 

そこで 古墳を八角形にして

これ以上蘇我氏の力が大きくなるのを阻止して

自分達の子孫が繁栄するようにと

呪術を施したのだと思います

 

おそらく 舒明天皇の古墳を造る段階で

中大兄皇子 中臣鎌足は

蘇我宗家を滅ぼす!

蘇我蝦夷・入鹿親子を倒す!

と決めていたのではないでしょうか。。

そんな気がします

 

そして 八角形の古墳の効果か

乙巳の変で 蘇我宗家が滅びました

 

その後 皇極天皇から孝徳天皇に代わり

孝徳天皇の後 皇極天皇が重祚して斉明天皇となりました

 

斉明天皇が亡くなった後 中大兄皇子が天智天皇となりました

中臣鎌足が世を去り

その後 天智天皇も 亡くなりました

 

天智天皇の古墳は

天皇位を継承した息子の大友皇子が造営したのでしょうが

八角形だそうです

 

そして 壬申の乱が起こり

天智天皇の弟 大海人皇子が 大友皇子から政権を奪い

天皇となりました

 

その後 故中臣鎌足の妻 鏡女王が亡くなり

墓は 舒明天皇陵のすぐ隣りに造られました

 

親子でもないのになぜ?と謎なのですが

(あるいは血縁関係があったのか)

もしかしたら

舒明天皇陵の八角形のパワーを持続させるために

鎌足の関係する談山神社からの中継地点ということで

そこの場所に造ることにしたのかもしれません

 

鏡女王は もともとは 天智天皇の妻でしたから

舒明天皇は 元夫の父ということになるので

多少の縁はあるわけです

 

鎌足亡きあと 息子の藤原不比等が

天皇家の発展を祈願しつつも

同時に

自分達藤原氏の勢力を伸ばすために

何かこう仕掛けているのではないかと 思います

 

大海人皇子が天皇となった後 中臣鎌足の息子 不比等が

天武天皇(大海人皇子)・持統天皇(うのの皇女さらら)に

重用されて ものすごい力を持つようになります

 

そして 天武天皇が亡くなると

八角形の古墳に埋葬されます

 

これは 舒明天皇~天智天皇の古墳の形を取り入れて

自分達の子孫を繁栄させるために

八角形を選んだのだと思います

 

天智天皇から弘文天皇(大友皇子)に伝わった天皇家独自の視えない何かが

天武天皇側には伝わらなかった

(HONKOWA 寺尾玲子の真 闇の検証)

ため

古墳を八角形にして 呪術力を高めたのかもしれません

 

天智天皇の息子 弘文天皇から

皇位は 天武天皇に移りましたが

それも 約100年で 称徳天皇の薨去により終わりました

 

天武天皇・持統天皇の八角形の古墳の効果は

天皇が代々 代わっていく中

途中で切れてしまったのかもしれません

 

もしかしたら

天智天皇が舒明天皇の古墳を造った時のような

強い想いと呪術力が

天武系の天皇たちが代々子孫に伝えていった呪術に勝ったのかもしれません

 

あるいは やはり 政権を奪った側として

天皇位を続けていける視えない何かが足りなかったのかもです

 

天智天皇 死後約100年後

天智天皇の孫 白壁王が光仁天皇となり

天智系が復活しました

 

そして 現在

天皇家も 藤原家も 見事に存続しています

古墳って 先人たちがかけた呪術?で

つくづく 計り知れない謎があると思います

 

そして やはり

天智天皇と中臣鎌足のお二人は

ただものではない!!!

と ひしひしと想うのであります

ガクガク(((i;・´ω`・人・´ω`・;i)))ブルブル

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

空にある視えない道と古墳の謎

雑誌HONKOWA 闇の検証で

霊能者玲子さんが気付いて まゆり先生が龍道と名付けた道?気の流れ?が

普通の人には視えないけど

空を通っている? 空に浮かんでる?

(表現に苦しむ)

上空を流れてる?ところがあるそうです。

 

元々 自然のものらしく そこにうまく乗っかると

子孫繁栄につながるらしいです。

古代の古墳は どうやら その龍道の下にあるらしいです。

 

古墳をあえて 龍道の下に作ったのか

それとも 古墳という山を築くと そこに龍道が発生するのか

それは わからないらしいです。

 

霊能者さんなら見えるらしいですが

一般人は見えません、

でも感じる事はできるらしく

 

あ ここ 気持ち良い♥

 

と 思える場所は 龍道が通ってるみたいです。

 

奈良 飛鳥の石舞台古墳は 実に気持ちが良い場所だ!

と 零感のゲゲも 感じました!

 

とりあえず

古墳を造って 自分の子孫繁栄につなげていこうというのは

古代の天皇家の呪術として伝承されていったと 思います。

 

そこで ゲゲが見つけた古墳を祀るルールなのですが。。。

 

記紀に おそらく古墳の内部の事を書いたであろう部分は

二ヵ所あると思います。

 

一つは イザナギが亡くなったイザナミに会いに行くシーンで

もう一つは

のちの大国主命が妻の父 スサノオノミコトに会いに行くシーンです。

 

イザナギの場合は イザナミに頼みごとをして 結果 怒らせてしまい 追いかけられます。

大国主命も スサノオノミコトの無茶ぶりを解決しつつ 最終的に追いかけられます

ここにヒントが隠されてると思ったのですが

 

生者は 古墳の中の亡くなった方に会いに行って お願い事の交渉をしてはいけない

です。

 

イザナギは 「一緒に戻ろう」 と直接お願いして

イザナミは 「ちょっと(黄泉の国の王に)聞いてくる」 と返事をしてます。

 

大国主命は 「おじょうさんと結婚させて下さい」とお願いして

スサノオノミコトは 「じゃあ これらをやってみろ」と答えます。

 

この二つは 古墳の中の事ではないか

と ゲゲは思うのです。

 

で ここに

古墳の中に眠る方たちを祀るヒントが出てる!

と 思ったのでした。

 

生者は 亡くなった方に直接

帰ろう 戻ろう 娘さんと結婚させて下さい

などと 具体的に誘ったりお願いしてはいけない です。

もし言うと 亡くなった方は 鬼として 外に出てこようとしてしまう!

のです!

 

古墳というのは

生者が 龍道?に対して

この古墳と亡者を捧げますから どうぞ 私達を繁栄させて下さい

お願いするツールというか 使う道具というか

そういう感じなのかも

と 思うのです。

 

で 古墳に眠る方は この世の方ではなく

魂を 根の国 黄泉の国に管理されてる

微妙?な 存在です。

 

肉体は 古墳の中にあるけれども そこに魂はなく

魂は肉体の中でなく 根の国 黄泉の国にあるという

取扱注意みたいな(意味不明)位置にいる 危うさ。。。

 

生者は この危ういバランスの中で

魂がなく鬼となっている亡者を

「古墳の中で 自由に暮らして下さい」

と もてなしつつ怒らせないように気を遣わなければいけない

そして

龍道を使いこなすために利用する。。。

というか 。。。

 

上手に表現できませんが

とにかく

 

直接会いに行っちゃダメ!

(棺の中を覗いではいけない)

 

直接交渉はダメ!

(お願いごとをしてはいけない)

 

の2点が 古墳を祀る上で重要だと思います。

 

では お願い事はどうすればいいのか。。。

 

古墳頂上? または 古墳の外から

亡者の肉体ではなく 亡者の魂のほうへ

または その亡者の上の龍道を統べる偉大なもの 神という大きな存在

に対して

お願いするのではないか?って 思います。

 

でも これは 子孫のみOK という事だと思うので

私が 古墳へ行って お願いごとをしても

全然聞く耳すら持ってもらえない と 思います。

 

 

 

旅行

ふと思いついて 軽い気持ちで 11月17日㈮18日㈯

一泊二日のダッシュで 大阪の藤井寺市へ

手相を見てもらいに行ってきました。

 

幼い頃から ずっと見てもらいたかった手相を

とことん 細かく 西條ゆきえ先生に見て頂きました!

大満足です!

 

空いた時間は 辛國神社お参りと 津堂城山古墳!

前入りした夜は 大阪城の夜景となんば宮跡散策

 

やっぱ 大阪良いわぁ~

元気もらえるわ~。。^^

 

帰ってきてからは

津堂城山古墳 応神天皇陵 上空の龍道(HONKOWAで言ってる)

について 考えてます。

仁徳天皇って やっぱ すごい人だって思った。

いや 武内宿禰さんあたりが 応神天皇に色々アドバイスしたのかな

 

やっぱり 古代から 権力争いって あったんだろうなあ。。と

ちょっと悲しいけど思った。

人間だから やっぱり 上へ上へ上っていって

権力を手に入れて

立派な家に住んで 良い服着て おいしいもの食べて 軍隊動かしたい

って思うのは

当たり前の事なんでしょうね。。。

 

古墳って やっぱ 呪術の一環なんだろうな。。

と 今回特に思いました。

続く。。。。

日記

昨日15日㈫は 1人で 本庄~宇都宮を車で往復しました

次女は 心配してくれましたが

ゲゲは 結構 好きというか 萌えるというか

ゲゲの通る道が 結構 古代 重要な場所で

そこかしこに 古墳があるので

闇探検というか 脳内で 古代の謎を考えるのが 非常に楽しいというか

好きな音楽を聴きながら 色んなひらめきもどこかから降りてくる感じで

ひじょう~に 好きです。

 

昨日のひらめき 忘れないうちに書き留めておく~♪

 

○日本武尊の伝承って

かなり 村人と触れ合った話が多い。。

景行天皇には 多分ないと思う。。自分の家臣との話はあるけど。。

 

やっぱり 日本武尊って 村人たちと直接触れ合おうとした

気さくな人なんじゃないかって思う。。。

んで 最近の通説というか

民を喜ばすには 経済をまわすこと!

らしいので 日本武尊はそれに早くから気付いていて

征西や東征で訪れた地の民には なんらかの見返りというか

そういう感じの事をしてあげたんじゃないだろうか。。

 

 

なので 喜んだ民衆が 好意的に 尊の事を

末永く語り継いだ気がします。

 

地元にいる鬼を退治しただけでは

あまり 語られないような気もするし。。

逆に 退治された鬼こそが

実は 地元の民から慕われていたっていう話が多いから

それを征伐する方って 多少はやっぱり 好意的な伝承って 残らない気がする。

 

ゲゲの知ってる中で

甲をプレゼントして 守りにしなさい という話が二つ残っているから

村人にとっては 守り神になるような物をもらえるって

とてもありがたい事だよなあ。。。

と思う。。

村を守る物って 力も刀も持たない村人にとっては

精神的にひじょうに救いとなる気がする。

 

○日本武尊(=小碓命)って 双子のお兄さん(=大碓命)がいるけど

実は 父である景行天皇って お兄さんの方を気に入っていたんじゃないのかなあ。。。

と なんとなくですが そう思いました。。

 

だから 美濃に自分の妃2人を迎えに行かせる という大切なお役目に

お兄さんの方を指名したんじゃないだろうか。。。

(妃を迎えに行くにあたって

昔の事なので あくまでも油断禁物で

知力 武力に長けた人を大将として行かせる。。

と考えます)

 

結果的には まさか

お兄さん 父を裏切って ちゃっかり 妃2人と結婚しちゃって

しかも

偽ものの妃2人を父の元に送って

自分は美濃を支配する!みたいな感じになってしまいましたが。。。

 

○ 栃木県 壬生の車塚古墳って

亀山市の能褒野王塚古墳と

地形的によく似た場所にある!

と 思いました。

 

昨日 車で 通って 改めて

あ~ ここって 懐かしい~~!

亀山の日本武尊様の古墳のところと似てるんだ~~!!

 

って 気付きました。

 

川を行き来した古代

川から見上げる場所にある大きな古墳って

人々を圧倒する すごい存在だったのでしょうね。。。

 

○道路の傍にある 闇夜の中の古墳を見て

昨日 直観的にですが

 

あ~。。。夜の古墳って そこから 根の国に通じてるんだ~。。

根の国に行けるんだ~。。。

 

と思いました。。。(怖)

 

 

 

 

2016年6月9日(木)から6月11日㈰ 奈良ひとり旅感想 桜井市とか巻向とか天理市とか あちこち

昨年の旅行から もう!!11か月が経ちました。。。

来月は もう!!6月。。。

旅行から1年。。になります。。。早。。。!!!

 

途中 中断もしながら なんとか ほぼ1年かかりましたが

奈良ひとり旅をまとめる事ができました♥

やはり 4日間というのは 今思いかえしてみても 濃厚で

写真も相当な数になるんだな~。。。

と 改めて実感しました(笑)

 

父が この間 カメラのキタムラで デジカメを買った時^^:

(何台めだ。。弟に言ったら「また買ったん?!」と驚いていた。知らなかったそうだ。。。)

フォトブック半額券というのをもらい それを私にくれたので

せっかくだから と 先月4月に

奈良の旅を フォトブックにまとめてみました。。

 

フォトブックなるものを 初めて 作ってみました。

店頭に行ってPCを操作したので

夕飯のために帰宅しなきゃならない時間が迫っていて

若干編集時間が足りませんでしたが

仕上がってみたら とてもすてきでした~ ☆

半額なのも 嬉しかったし~~ ♥

 

最初に PCにデータを差し込むと

フォトブックの方で 写真を選んでくれるので

後は 自分でマウスを使って 写真を入れ替えたり

違う写真に変えてみたりと

自由に編集できるのが 楽でした。

改めて 奈良のあの旅を 総合的に振り返ってみました♥

撮影した写真の数は 数えてみたら970枚でした。。。多。。(^◇^;)

やっと最近 自分で撮った写真について

どれが何日目の写真か 順番に4日間分 わかるようになりました(遅。。)

 

PCに向かえる時に ブログを写真にアップしてきましたが

今 色々思い返してみると

 

あの時ふらふら あの神社へ行ったのは なんでだったんだろう。。

 

どうして この神社の場所に 偶然たどり着いたのだろう。。

 

という 「なぜ? どうして?」という想いが

やたらと自分の中で湧き起ってきます。。

 

帰宅した後 色々調べてみましたが

特に 今年になって

私が行った 地図にも載ってない神社は かなり重要な神社だ!

と確信する事ができましたし

 

古代の 崇神天皇 垂仁天皇 景行天皇という

巻向に都を作った3代の天皇の宮を

 

ここだ!

 

と 自分の中で決定する事が出来ました。

 

そして 同時に 時代を超えて

初代の神武天皇の東征時や

それ以前の 九州の神武天皇の先祖の方たちが 巻向に来て

打ち滅ぼした敵についても

おそらく この神社で祀っているのだろう。。。

という事が 自分的に わかってきました。

 

推測ですが 自分なりに

玲子さんや視っちゃんの霊視や

画像解析の池田氏の本から まとめていって

ヤマトの地の歴史を 一つの物語として

つなげて語れるように なりました。

 

やっぱりね。。

欠史7代なんて ありえません!!

神武天皇から 崇神天皇の間には ちゃんと天皇が存在してらっしゃいます!

そうでないと 歴史が つながらない!!

嫁さんとか 臣とか 人が結びつかないっす!!!

 

苦労して 西日本をまとめていったんです。

やっぱり 日本は広いから 神武天皇から崇神天皇まで

国をまとめあげるのに 軽く 10代 かかると思う!!

(天才と言われた織田信長だって 戦国時代 国土統一に向けて あんなに苦労してたしねえ~。。)

 

今年に入ってから ゲゲ

割と突然 色々 降りて?きたり ひらめいたりして

とり憑かれたように 魂を奈良へ飛ばす勢いで

わわわ~~~っと 纏向の地の事 調べました。

 

最初は 玲子さんや視っちゃんの霊視 池田氏の本の内容を

 

ほぉ~~~。。。

奇想天外な感じで 面白いなぁ~

ふぅん~~~。。。

 

と 全然見当もつかず

漠然と読み流していただけだったのですが

 

自分で調べれば 調べるほどに

 

え?。。。ちょっと待って。。。

まさに これって この方達の言う通りじゃん!

 

みたいな結果が見えてきてしまって。。。

ほんと びっくりです。。!!!

 

あの旅を応援して下さった神様。。家族。。 特に 長女 次女。。

そして 温かく歓迎して下さったポロンさん!

本当にありがとうございました (*^。^*)

 

今思い出しても 懐かしいあの時。。

感謝感激です~~~ \(^o^)/

楽しかった~~~!!!

 

 

 

2016年6月12日㈰奈良一人旅4日目 チャリ散歩 景行天皇陵 まき向遺跡

最終日!

人生初の4日間一人旅!

7:00

お世話になったホテルで最後の朝食を頂いた後

キャリーバッグに もひとつ増えた大きなバッグをくくりつけて

ガラガラと 奈良駅に向かって歩きました。

 

コインロッカーに大きな荷物を預けて

桜井行きのホームに移動しました

8:00  奈良駅 発

8:30頃 桜井駅 着

予定では 晴れた場合は 自転車を借りて

雨の場合は バスかタクシーに乗って

忍坂で 古墳巡りをしようと なんとなく思っていました。

 

この日は 良いお天気で見事に晴れていたので

自転車で 景行天皇陵辺りの纏向遺跡を散策しようと決めました。

 

「コンピューター画像解析」の池田氏によると

古い神社というのは

昔の天皇や皇族の住んでいた宮跡だったようなので

今回の旅では

自転車で 遺跡や 古い宮の跡を探せればいいなあ~と

思っていました。

 

昨日 自転車を借りたところで

またまたレンタサイクルを借りました。

なんか 住んでない土地なのに

勝手知ったる感じで自転車を借りられるのが

なんともうれしいというか 楽しいというか~ ♪

 

169号を北に向かって 自転車を走らせました。

 

↓ 8:53 朝日を浴びて輝く大神神社の大鳥居

↓ 9時頃

朝日を浴びて輝く(しつこい)箸墓古墳

昨日の夕方のあの感じとは全然違うさわやかさ

↓ すでに暑くてのどが渇いたので

100円自販機を見つけて炭酸を買って飲んで

ふと気付いたら

三輪そうめん製造元さんの敷地でした~

勇製麺 さん~~

 

せっかくなので 寄って買ってみました♥

店内に入ったら そうめんの事 丁寧に説明してくださいました

 

買い物の後 外に出て気づいたのですが

ここはかなり古い遺跡が見つかったところだそうでした

纏向遺跡イエツラ地区

もしかしたら 日本武尊様か 豊城入彦命様の宮跡かなあ~

なんて妄想して 1人萌えてました グフフ^^;

↓ お向かいの すごい人気の喫茶店

そうめんやさんに聞いたら

モーニングとランチがものすごいボリュームだそうです!

大阪方面ナンバーの車とか 次々来るんです!

暑いので 缶の炭酸もほぼ一気に飲めちゃいます。

 

↓ 朝日に輝く 景行天皇陵

古墳って 上空に雲を作れるのかも知れない。。

と いつも感嘆します。。。

ものすごい雲に いつも圧倒されます。。

↓ 古代の天皇や皇族の宮跡を探して 気ままに自転車をこぎました

大豆越 まめごし って 読むんですねえ~ 今気付いた。

↓ 10:30 草川 近辺

↓ 天照皇大神宮 桜井市大豆越地区

住宅地のど真ん中

地図にも載っていない 小さな神社 見っけ~~

 

古墳の多い地区に 天孫系の神社があると

古代の皇族の宮跡? と思えて まぢでわくわくします。

 

↓ 上の神社から ふら~っと西へ行ったところにあります。

春日神社

春日というと 藤原氏系?

 

↓ さらに ふら~っと 西へ行きました

三十八神社 天理市檜垣町

こちらも 春日系でしょうか~ 建物の造りが~。。

 

この神社参拝の後

歩道の傍に100円自販機を見つけて

またまた炭酸缶を一本買って ぐびぐび飲んじゃいました。

暑かった~~~ (^◇^)

天理市からまた桜井市草川に戻って

(チャリで あっち行ったりこっち戻ったり

自由に走り回りました)

↓ 草川神社 JRの線路脇

なんとも風情のある神社でした

やっぱり 古代の皇族の宮跡だって 思える~~

 

 

 

 

 

 

↓ 近くに 県営住宅があります

↓ すぐそばに 纏向遺跡があります

テレビの特集で よくここの映像が流れます

すごいなあ~。。

ここに 大きな建物が建っていて

このあたり一帯 おそらく 街みたいな

にぎやかな感じだったのかなあ~。。

この遺跡の西南方面を見たら

なんだか小さな神社が見えましたので

ふらふらと 行ってみました

↓ 天照御魂神社(あまてるみたまじんじゃ) 桜井市太田

先日買った本に(「日本の神々」の正体 古川順弘氏)

偶然 この神社の事が書いてありました

この古社のご祭神は 天照御魂命で

この神の来歴ははっきりしないそうです。

古代人が素朴に信奉していた太陽神ではないか と書いてあります

 

それはそれは もう~ 萌えます!!

古代の天皇が祀っていた神か

はたまた 古代の天皇か 皇子 皇女の宮跡か~~~ ♥

小さい神社で 住宅地の中に

そっと静かに存在してらっしゃいます。

近くのお宅では 2軒ほど

お庭でバーベキューをなさっていました^^

暑かったから ちょうどバーベキューには良い日和♥

涼しくて とても気持ちが良い神社でしたので

ちょっと休憩させてもらいました~ ^^

木々の間から ↑の纏向遺跡がちょうど見えて

その向こうを電車が通りました