Archive for 古事記 日本書紀

息長水依比賣(おきながのみづよりひめ)の謎

なんか 「○○の謎」 ってタイトルをつけると かっこいい!(#^.^#)

 

いや でも ほんとに謎です。。

訶具漏比賣を調べていて 系図を書くと いつも目に留まる女性なのですが

(思いついた時に書くので 何年もかかってる w)

第9代開化天皇と妃の意祁都比賣(オケツヒメ)の子

日子坐王(ヒコイマスオウ)が

近つ淡海の御上の祝がもち拜く、天之御影神の女、息長水依比賣

を娶して」

と 古事記にありますので

息長水依比賣は

お父さんが天之御影神で 夫は日子坐王

ということになります。

 

古事記の注として 赤部分は

「近江の国(滋賀県)野洲郡三上の神職がお祭りしている」

と 書いてあります。

 

天之御影神の娘さん。。。

 

。。。。

 

えぇっ?! 神?

お父さん 神なの?

 

神の娘?!

 

と 古事記を読んで びっくりしました!

と 同時に 武田信玄の霊視(玲子さん)を思い出しました。

 

武田信玄は 諏訪の祝(諏訪頼重)を攻め滅ぼして その娘と結婚し

勝頼をもうけますが

それって 実は 諏訪に代々続く神の力を

娘と結婚することで自分に宿した

ということらしいです。

 

それを考えると

古代からの戦と 古代の天皇がその土地土地の実力者の娘と結婚する理由が

よ~く 理解できます!

 

古代の土地の実力者って

その土地の神を祀る神職でもあるので

その土地の神の力を受け継いでるっていう事なんでしょうね。

 

だから その土地を支配できるというメリットの他に

神の力を宿せて 子孫が栄える!

という呪術的な事も ものすごいメリットになっていると思うのです。

 

開化天皇と その前後の天皇の記事を読んでも

名前に「神」がつく人(人って言ってもいいのか)

は 登場しません。

 

これって どういう事かと想像すると

開化天皇の息子の日子坐王(崇神天皇の異母兄弟)が

近江の三上山の神職が生き神様として大切に奉仕している 天之御影神

(多分男性で 多分その土地を代々治めてるサイキッカー)を

攻め滅ぼして その娘と結婚した?って事になるんじゃ。。。

((((;´・ω・`)))ガクブル。。。

 

以前 ゲゲが考察した 栃木の太平山神社の奥宮に祀られてる神の事も

頭をよぎります。

(ゲゲの推測で 崇神天皇の次の垂仁天皇時代 太平山を治めていた方が攻め滅ぼされて 奥宮に祀られている)

 

まあ 戦があったかどうかは

実は平和的に結婚したかも知れませんし

定かではありませんが。。。

 

古事記を読むと 日子坐王って 子孫がものすごく繁栄していて

日子坐王の妻の名 子どもの名 がたくさんと

孫の名 子孫の名が たくさんと

開化天皇のページの半分を占めて書いてあるので

ほんとにすごい人だったんだな~と 思います。

 

やっぱり 力がある実力者で あっちこっち 将軍として行って

戦って勝ち抜いた方だったんでしょうか。。

 

息長水依比賣も お父さんの力を継いで

きっと サイキッカーだったのでは と思います。

古代の名前では 「依」がつくと どうやら

巫女というか 能力者 みたいです。

「玉依比賣」さんは そうらしいです

 

息長水依比賣は 水に関しての何か能力があったのでしょうか

もしかして 諏訪の姫(諏訪御寮人)みたいに

琵琶湖?の神を 自分に下ろせて

託宣を伝えられるお姫様だったのかなあ。。

と 想像させてもらってます。

 

古代の 謎めいたとても気になる女性です。

 

 

 

 

 

Comments (1)

飯野の眞黑比賣(古事記)の謎 隠された?姫 卑弥呼系列?

ちょっと前に調べていた 迦具漏比賣(垂仁天皇妃)と

訶具漏比賣(景行天皇妃)ですが

あの後 なんだか 集中できなくて

調べ始めても どんどんずれていって 気付いたら 違う事を調べてたり

上の空になったり

なんか うまく調べる事ができなくて。。。

。。。 何も降りてこないし^^;

不思議な感じに苦しみました。。 (^_^;)

 

で 昨日 何気に

訶具漏比賣(景行天皇妃)の父方のおばあさまである

飯野の眞黑比賣という方を 調べはじめまして

ゲゲ流の系図を ノートに書いていたのですが

あれ?っと 思いました。。

 

飯野の眞黑比賣という方は 古事記に書いてある系図がおかしいので

以前にも 記事にとりあげたことがあります。

だんなさんは 若建王(日本武尊の息子 古事記)ですが

それは誤りで 本当は 吉備の若建日子ではないかと

「若建」違いを考察してみました。

 

ゲゲ流の系図は

「池田氏の古墳墓碑」本に書かれてる生没年を参考にさせて頂き

記紀に書かれている親子関係を元に

その時代に生きたと思われる同世代が横に並ぶように

ノートに書いて 作っていくものです。

 

昔は 子だくさんなので

長子と末子の年の差が

もしかしたら20歳とか30歳とか50歳とかもあったかも知れません。。

そういう場合は ひーひー言いながら

こんな感じかしらん?。。末っ子と長男の甥っ子 多分きっと同じ世代だよね。。

とか 勝手に 妄想?しながら

系図を埋めていきます

 

そうやって 作っていった系図を見ていたら

やっぱり 飯野の眞黑比賣さんが

なんだか気になって気になって仕方ありませんでした。。

むむむむ。。。と 降りてきたー!! というか。。。

 

古事記には

眞黑比賣のお父さんは 杙俣長日子王(日本武尊の孫)と書いてありますが

(日本書紀には 眞黑比賣の名は書いてない)

 

系図を見ていると どうもなんだか それは間違いっぽい気がします。

 

もっとさかのぼって

実は 景行天皇(日本武尊のお父さん)と同世代なのでは?

と思えて仕方ありません。。。

 

じゃあ 眞黑比賣のお父さんは誰なのか

となると

ゲゲの勝手な推測ですが

水穂之眞若王さん かな~? と思いました。

または 弟の 神大根王さんか。。。(^^;

 

理由としましては

水之穂眞若王と神大根王のお母さんが 息長水依比賣という方でして

あたまに息長が付きます。

 

眞黑比賣の場合も

お父さんのお父さん(おじいさん)が息長田別王(日本武尊の子)という方なので

 

長く言い伝えてる間に

眞黑比賣は息長の孫だから

ということで 伝聞ミスがあったのではないか?

と 考えてみました。

 

古事記に書いてある眞黑比賣の妹?は 息長真若中比賣といいますが

この方は 15代応神天皇の妃になっています。

眞黑比賣の孫が12代景行天皇妃で

妹が 3代下の天皇妃じゃ

やっぱり 系図的に無理がありそうです。。(多分。。)

 

伝聞ミスなら良いのですが。。。

もしかしたら 誰かが意図的に 眞黑比賣を変なところに入れたのかもしれません。。

訶具漏比賣が 卑弥呼グループの巫女である事を隠すために。。。

 

飯野の眞黑比賣の 飯野という おそらく場所を表す地名ですが

ネットで調べたら

なんだか 日本全国にあった地名みたいで。。。^^;

 

でも くじけないで

多分ここかな? と狙いを定めたのが

香川県丸亀市飯野町 飯野山 飯神社

というところです。

神社のご祭神が 飯依比古命で

古事記の国生みの段 のところにも名前が出ています。

 

想像でしかないのですが

香川(讃岐)なら 吉備と 昔からつながりがありそうだし

結婚もありうるんじゃないかな~?と思うので

飯野の眞黑比賣の夫は 吉備の若建日子ではないか

と 推測してみました。

 

で ノートに 眞黑比賣 眞黑比賣と書いていて

はた! と 思ったのですが

ま ぐ ろ

か ぐ ろ

 

似てる! って 思いました。

 

祖母と孫 「くろ」 がいっしょ!!

(この訶具漏比賣は かぐる と読む説もありますが ^^;)

 

「ま」 というのは おそらく 「真の」 とか 「ほんとの」 という意味だと思うのです。

今でも 「まんなか」 とか 「まっしょうめん」 とか 使うから。。

 

「か」 というのは 仮の という意味だと「池田氏 古墳墓碑」に書いてありました。

 

元々は 黒比賣 という名前に

真の とか 仮の

という語を あたまに載せたのではないか?って 思いました。

 

さらに そういえば

仁徳天皇妃で 吉備の黒比賣(皇后の嫉妬で国に逃げ帰った)という方も

履中天皇妃で 葦田の宿禰の娘 黒比賣 という方もいたなあ。。。

と 思い出しました。。

 

なんだか

黑ひめって

巫女的能力のある女性が そう呼ばれる名前なんじゃないかなあ。。。

と 思いました。

 

眞黑比賣って もしかしたら 卑弥呼かなあ。。。

とも 考えましたが

卑弥呼さんは 結婚しなかったっていうし

なら 卑弥呼さんグループの上の方の人だったのかなあ。。。

謎の方です。。。

 

「池田氏 古墳墓碑」にも載ってない方なので

池田氏も 調べたけど わからなかったのでしょうね。。。

ほんとに謎の女性 だなあ。。。。

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日記

昨日15日㈫は 1人で 本庄~宇都宮を車で往復しました

次女は 心配してくれましたが

ゲゲは 結構 好きというか 萌えるというか

ゲゲの通る道が 結構 古代 重要な場所で

そこかしこに 古墳があるので

闇探検というか 脳内で 古代の謎を考えるのが 非常に楽しいというか

好きな音楽を聴きながら 色んなひらめきもどこかから降りてくる感じで

ひじょう~に 好きです。

 

昨日のひらめき 忘れないうちに書き留めておく~♪

 

○日本武尊の伝承って

かなり 村人と触れ合った話が多い。。

景行天皇には 多分ないと思う。。自分の家臣との話はあるけど。。

 

やっぱり 日本武尊って 村人たちと直接触れ合おうとした

気さくな人なんじゃないかって思う。。。

んで 最近の通説というか

民を喜ばすには 経済をまわすこと!

らしいので 日本武尊はそれに早くから気付いていて

征西や東征で訪れた地の民には なんらかの見返りというか

そういう感じの事をしてあげたんじゃないだろうか。。

 

 

なので 喜んだ民衆が 好意的に 尊の事を

末永く語り継いだ気がします。

 

地元にいる鬼を退治しただけでは

あまり 語られないような気もするし。。

逆に 退治された鬼こそが

実は 地元の民から慕われていたっていう話が多いから

それを征伐する方って 多少はやっぱり 好意的な伝承って 残らない気がする。

 

ゲゲの知ってる中で

甲をプレゼントして 守りにしなさい という話が二つ残っているから

村人にとっては 守り神になるような物をもらえるって

とてもありがたい事だよなあ。。。

と思う。。

村を守る物って 力も刀も持たない村人にとっては

精神的にひじょうに救いとなる気がする。

 

○日本武尊(=小碓命)って 双子のお兄さん(=大碓命)がいるけど

実は 父である景行天皇って お兄さんの方を気に入っていたんじゃないのかなあ。。。

と なんとなくですが そう思いました。。

 

だから 美濃に自分の妃2人を迎えに行かせる という大切なお役目に

お兄さんの方を指名したんじゃないだろうか。。。

(妃を迎えに行くにあたって

昔の事なので あくまでも油断禁物で

知力 武力に長けた人を大将として行かせる。。

と考えます)

 

結果的には まさか

お兄さん 父を裏切って ちゃっかり 妃2人と結婚しちゃって

しかも

偽ものの妃2人を父の元に送って

自分は美濃を支配する!みたいな感じになってしまいましたが。。。

 

○ 栃木県 壬生の車塚古墳って

亀山市の能褒野王塚古墳と

地形的によく似た場所にある!

と 思いました。

 

昨日 車で 通って 改めて

あ~ ここって 懐かしい~~!

亀山の日本武尊様の古墳のところと似てるんだ~~!!

 

って 気付きました。

 

川を行き来した古代

川から見上げる場所にある大きな古墳って

人々を圧倒する すごい存在だったのでしょうね。。。

 

○道路の傍にある 闇夜の中の古墳を見て

昨日 直観的にですが

 

あ~。。。夜の古墳って そこから 根の国に通じてるんだ~。。

根の国に行けるんだ~。。。

 

と思いました。。。(怖)

 

 

 

 

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卑弥呼の宗女イヨ?トヨ?は 景行天皇妃 訶具漏比賣だと思うううう~!!

今流れてるCMで

携帯?の画像が夜でもきれいっていうアレ。。

卑弥呼様が出てますが

あれって マクモニーグル説の卑弥呼様ですよね。。

 

アジア系の かわいい美女!

あのCM作った人 絶対 マクモニーグル氏の卑弥呼本 読んでる!

と 睨んでる (笑)

 

池田仁三氏の「画像解析による古墳墓碑」を読んでいて

ふっと思ったのですが。。。

(ずっと 愛読してます♥)

以前にも考察しましたが

かぐやひめというステキなお名前の方は

11代天皇 垂仁天皇 の妃に 迦具夜毘賣という方がいます。

 

そして かぐやひめとは名前の読み方が一つだけ違う

かぐろひめ

というお方が お二人 います。

12代天皇 景行天皇の妃 訶具漏比賣

 

15代天皇 応神天皇の妃 迦具漏比賣

 

です。

 

私は 色んな方の意見を参考にして あれこれ考えたのですが(特に池田氏の古墳墓碑本と マクモニーグル氏の卑弥呼透視本から)

卑弥呼さんがいた時代というのは

10代 崇神天皇

11代 垂仁天皇

12代 景行天皇

の3代に渡った時期だと思うのです。

 

池田氏が調べた「古墳墓碑」の年号も理由の一つですが

その他として 3人の天皇の行動?というか

記紀に書いてある事に 着目しました。

 

以前 HONKOWAで 玲子さんがおっしゃってた

「記紀って 卑弥呼を隠してるよね」みたいなお言葉も拝見して

 

そうだ!!

卑弥呼さんって あまりにもすごい能力の持ち主だから

天皇家にとっては 国土をまとめるのに必要不可欠の存在だけど

本音はいてほしくないんだ!!

と 気づかされました。

 

 

ありがたいけど邪魔な存在の人。。。!

いなきゃ困るけど 本音は 自分達が国をまとめたい。。

卑弥呼に代わって 国のトップに立ちたい。。。

目の上のたんこぶ。。。

 

と 内心思ってんじゃないかなあ~、、、と気づかされました。

 

そもそもは 崇神天皇の時

四道将軍達が地方へ行って国を統一したっぽいのは

卑弥呼の力を借りたからできたのでは?と 思います。

 

そして 崇神天皇は 卑弥呼の力を借りて国をまとめつつ

同時に 卑弥呼がいなくなった後

自分達のヤマト政権が 国々をまとめるトップに立てるように

独自路線を開発というか

あれこれ模索していったのだと 思うのです。

 

崇神天皇は 国を大きくまとめるのに 卑弥呼の力を利用しつつ

自分は 倭トトモモソ姫をそばに置いて 自分周辺の事を視てもらい

なおかつ 自分の娘 豊スキイリヒメには

天照大御神の鏡を持って 宮の外に出して 祀らせて

卑弥呼がいなくなった時 困らないように

呪術的な面を強化してる感じがします。

 

モモソ姫は 三輪山伝説で 箸でホトを突いて亡くなってしまいますが

あれって 推測ですが

モモソ姫は 卑弥呼にとって代わって 国の頂点に立とうと

三輪山の神の力を使って なんか好き勝手やっちゃったから

崇神天皇に見つかって殺された。。。

って事なんじゃなかろうか。。

って 気もします。。。

 

そして 崇神天皇が

天照大御神の鏡と大国主命の魂を宮の外に出したのは

政教分離というか。。。

卑弥呼が 政治面でも宗教面でもトップにいる事への対抗というか。。

 

もし 卑弥呼亡き後

自分が 国々をまとめる時が来たら

シャーマンには宗教だけまかせて 政治は自分達でやる!

という強い決意なんじゃないかなあ。。と思うのです。。

 

そして 次の垂仁天皇は

自分の娘 倭姫を 豊スキイリヒメの後を継がさせて

今度は 天照大御神を祀る良い場所を探す旅に出させます。

 

これはもう 卑弥呼に とって代わるために

自分達の先祖である ヒルメムチという女性(多分 ものすごいすぐれた伝説のシャーマンだったんだと思う。。持統天皇あたりが 「天照大御神」って 名前を付けたんじゃないのかしらん。。)

を 最高に素晴らしい場所で

最高にうやうやしく祀って 天皇家を守護していただく!

という宗教政策? だと思います。。

 

っていうか。。

卑弥呼さんが 結構 予想外に長生きだったんでしょうね。。。

それって 天皇家にとっては想定外だったんでしょうね。。。

 

次の景行天皇は 伊勢に落ち着いた倭姫に天照大御神を祀らせて

倭姫から 日本武尊様に草なぎの剣を与えて

日本武尊 様に 東征へ行かせます。

 

天皇の支配下にあるシャーマンが

天皇の支配下にある武士に 神の力を与えて 戦いに出させる

みたいな。。。

今までは おそらく

鬼道を操る(玲子さんも わからない。。っておっしゃってました)卑弥呼が

神から託宣を受けて 天皇に命令していたのでは?・・・

と思います。。。

 

そして ゲゲの推測ですが

日本武尊 様が西に戦に出る前あたりに

卑弥呼さんが亡くなったんじゃないのかなあ~。。。と思うのです。。

 

というか。。。

卑弥呼さんが亡くなった後

あちこちの国がやっぱり乱れてきちゃったので

景行天皇が 武力に長けた日本武尊様を 西に東に戦に出した。。と思います。。

 

で タイトルにもあるトヨ または イヨ さんですが

景行天皇妃の訶具漏比賣 だと思うのです。。

でも 確か 宗女トヨ または イヨは 13歳!

後見役が必要ということで

垂仁天皇妃の 迦具夜毘賣!が 後見した!と 思います。

 

理由は 月に帰るかぐやひめ という不思議な昔話と

かぐ という名前の部分が共通してるからです

 

卑弥呼の宗女グループがあって(マクモニーグルさんがおっしゃってた)

多分だけど そのグループの女子には かぐろ か かぐや って名前を付ける決まりになってたんじゃないのかなあ~。。。

と あくまでも推測ですが。。。

 

あと 理由ですが

景行天皇妃の かぐろひめは 残されてる系図が めちゃくちゃなんです

確か 日本武尊様の子孫が

日本武尊様の父である景行天皇と結婚とか

あり得ないんです。。(まあ ありえなくもないけど 実際的には無理じゃね?みたいな。。。)

 

ゲゲの調べた範囲では 残された系図がおかしいっていうのは

なにか隠してる!! って 事なんですよね。。

知られちゃまずい何かを。。。

 

続く。。。

 

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2017(平成29)年5月26日㈮ 27日㈯ 千葉県安房郡鋸南町 一泊旅行

なんと!

ホテル宿泊券ペアチケットが当たったので 行ってきました!

人生初!!

日本出版販売㈱の

「今日は、本を読もう。プレゼントキャンペーン」

書店で本を買って応募しようというキャンペーンです。

 

確か 今年の2月 ツタヤで 本を ささやかに爆買いwしたら

応募券を頂いたので

ネットで応募したのが3月初めでした。

締切ギリギリだったし 申し込んだ後 すっかり忘れていたのでしたが

4月に 突然 書留郵便が届き

見たら

見事 二等 5組10名様が当たっちゃってました!!

ありがとうございました~!!

 

一等の10万円旅行券も なかなか魅力的だったので

申し込む時は 相当 悩みましたぜ~。。w

 

いや~ でも 驚きました。ほんと。

 

だんなに言ったら 大喜びでノリノリだったので

 

じゃあ 私と2人で行く?

 

と 聞いたら とたんにおし黙って

 

。。いや 俺はいいから 長女と行ってこいや

 

と言いました。良かった~♪(笑)

 

当選した本人が行かないとダメみたいで

私としては

伊勢へ行きたがっていた次女と長女にプレゼントしよう

と思ったのですが

当選者ご本様+他1名様って 事なんだそうです。

 

長女に 当たったと言ったら 大乗り気で喜んでくれたので

。。。50代の親と一緒に旅行に行ってくれるなんて なんてありがたい。。

と ひそかに感動しました。。w

 

有効期限があるので ホテルに空きが多い5月6月にしちゃおう!

と 早めに使う事にしました。

松本市が良いかな~とも 思ったのですが

よくよくパンフレットを読んだら

南房総の海が見えるホテルがありましたので

とりあえず そこにしたいと

このチケットの担当である

ステキな旅をプレゼントする会社? Reluxコンシェルジュ

さんへ メールしました。

 

聞いてみたら そこのホテル 大人気らしく

金曜日の空きは 5月26日しかない!とのことで。。。

(ってことは 6月からはもう㈮は空いてない!ってこと?。。。驚。。)

 

とりあえず 私は

5月30日㈫に 群馬の友達4人が宇都宮まで遊びに来てくれることになってたし

長女は長女で 5月28日㈰が仕事 29日㈪が友達と東京へ

みたいに予定がつまっていたので

どうしたもんかと 長女に聞いてみたら

あっさり

 

大丈夫だよ。全然平気。

 

と言うので 5月26日㈮に決まりました。

 

やっぱり 若い子って フットワーク軽いですなあ~。。。

ゲゲはもう 体力温存を真っ先に考えるから

無理のない範囲でって 引きこもっちゃうけど

見習わなくっちゃなあ~~~ (^◇^)

 

ホテルは 日本全国から 選べます。

どのホテルもとてもすてきでした。

それこそが このReluxコンシェルジュさんの売りみたいです。

 

ゲゲの目に留まった南房総のこのホテルは

君津市に近い!のでした。

住所を見て

あ!! ここは 日本武尊様の上陸伝承のある場所から目と鼻の先じゃないか!

と 驚きまして

もしかして これって 日本武尊様からのプレゼント?と

まぢで確信したwオタクなゲゲです。。

 

去年が 奈良 巻向の地への旅行だったので

もしかしたら

今年は 尊が東征した地へ行って

弟橘媛を偲んで 房総の海を見てらっしゃい。。ってことなのかなぁ。。

と 勝手に解釈しました。。

 

平成29年5月26日㈮ 雨

9:20頃 家出

出る時 隣家の工事車両がちょっと。。w^^;

9:30 バス 宇都宮駅行き

9:55    到着

10:06 宇都宮駅 発

普通 JR上野東京ライン

10:59 東京駅 着

途中 乗ってた車両に何か不具合があったらしく 乗客全員 途中の駅で 用意されてた違う電車にまるまる乗り換えたのでした(こんなこと 人生初!!)

12:55 東京駅 発

快速 JR総武本線(東京ー銚子)

14:31 君津 下車

14:35 君津 発

普通 JR内房線(館山行き)

15:08 保田駅 着

 

朝は大雨だったのに すっかり 止んでいました!

あらかじめ連絡しておいたので

ホテルの車がお迎えに来て待っていて下さいました(うわ~~!! 憧れの「ホテル車 駅お迎え」~!!)

 

昔々。。

ゲゲが小さい頃 父は電車で毎年旅行に連れていってくれました。

ですが そこは 公務員の生活でしたので 泊まるお宿は 公務員が組合で使える旅館ばかり。。

電車が駅に着くと 駅前にはいろんなホテルの名前の入ったお迎えの車が ずらりと並んでいます。

「ねえねえ お父さん。私たちの泊まるホテルの車はどれ?」

わくわくしながら無邪気に問いかける幼いゲゲに 父は

「ない!さあ しっかり荷物持て! がんばって旅館まで歩くぞ!」

と 答えるのでした。。

懐かしい~~~ (^◇^)ノ

 

私達が泊まったホテルは 紀伊国屋のホテルみたいで

オーシャンリゾート ゆうみ さんです~

〒299-1901 千葉県安房郡鋸南町元名442

 

↓ 全室オーシャンビュー ゲゲ 顔が隠れてちょうどいい(笑)

 

↓ すぐ近くにある鶴ヶ崎神社

ゲゲ 1人でお散歩&ごあいさつ

 

↓ すぐ近くにある 観光地 鋸山(のこぎりやま)へ登れる入口

↓ ここまで登って ここから先へ行くのをあきらめ 戻りました

おなかがすいたw

↓ すぐそばが海なので そこから 鋸山を見上げました

ダイダラボッチ伝承があるそうです

どこかな~ ダイダラボッチ♥~ もっと 東かな~

↓ たぶんだけど 君津方面。。

日本武尊様。。。弟橘媛様は一緒に上陸できなかったのですね。。><

↓ 南 沖 望遠レンズ最大

船の航路になってるらしく ひっきりなしに大型船が行きかってました

日本武尊様や熱田の健稲種命様達が あそこを通って

大船団で 東夷征伐へ行ったのかなあ。。。

  

20時から 夕食 個室! 部屋着可!

最初 お料理がすでにテーブルいっぱい載っていたので

。。。食べられないかも。。と思っていたら。。。

まだまだ それから どんどん 持ってきてくれて~!!

うお~~ 嬉しい悲鳴~~!!

長女と 頑張って次々 挑戦して頂きました!

アルコール ガブ呑みしてたら 絶対これ 食べられないから~!

夢中で食べちゃったので 写真撮り忘れ有り w

        

 

20:30~ 長女と挑戦 初エステ ヘッドスパと肩 顔30分

21:20~ 貸切風呂 窓を開けると夜のオーシャンがぁ~

多分だけど ディズニーランド?の花火見えた!

 

部屋に戻ったら 長女がもう 大ソファーに寝転がって

大画面テレビを見て まったりくつろいで ご満悦~

明日帰るのが 辛すぎる感じになってる~~~

 

↓ 二階ラウンジにある ドリンクバー

いつ 誰が補充してるんだろう。。いつ通ってもいっぱいあった・・!!

((;゚Д゚). ガクブル

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2016年6月12日㈰ 奈良一人旅4日目 巻向遺跡周辺散策

今日2017年3月19日 ここ数日ほど 私の自宅周辺では

鶯がさえずってます

春だなあ~。。。

去年の6月の旅行では

ホケノ山古墳で 鶯がさえずっていたっけ~。。

思い出すなあ~。。。懐かしい。。。

 

↓ 穴師坐兵主神社(あなしにいますひょうずじんじゃ)

一の鳥居  巻向駅すぐそば

この道をまっすぐ行くと 穴師坐兵主神社 に行けるようです

この神社のお名前を 今 改めて丁寧に見てみたのですが

穴師にいます兵達の主 って意味になるのでしょうか。。

もしかして この神社のご祭神って。。。

ヤマト政権に打ち滅ぼされた 穴師にいた先住民族の王。。?・・

 

↓ 12:30頃

ふらふら走っていて見つけました

柿本人麻呂公 屋敷跡 だそうです

巻向駅の近く

時間も12時を過ぎたし おなかもすいてきたので

名残惜しいけど チャリを返却しに桜井駅へ戻ろうと思いました。

自宅でたてた予定では

駅へ戻る途中にある 三輪そうめん屋さんで

つるつるっと 本場のそうめんを食べたいなあ~~

と 考えていました。

 

朝よりは だんだん曇ってきまして 日差しがない中

朝来た道を チャリをこいで戻りました。

 

大神神社の近くで そうめん屋さんを何軒も見つけたのですが

さすが 日曜日のお昼とあって

どのお店も行列ができるほど混んでいましたので

あきらめました。。

今日は 奈良から京都へ戻って さらに東京 さらには宇都宮まで戻らないとなので

ゆっくり並ぶのは 時間的に無理。。と判断しました。

次回きっとまた食べられるから~~ ♪

 

旅先で 本場の麺をつるつるっと食べたい ☆

という ささやかですが ひそかな願いがあるゲゲなのでした w

 

あ! 叶ったじゃん!!

昨年12月 大阪で ポロンさんが つるつるっと食べられるおうどんランチへ案内してくれたんだ!!

そういえば!\(^o^)/

ありがとう ポロンさん~~~♥

 

↓ 13時頃

この大鳥居は絵になるので ついつい何枚も写真を撮りたくなってしまいます。

予定より早く駅周辺に着けたので

桜井駅そばの八幡神社へ寄らせて頂きました

13:20頃 桜井駅着 自転車返却

駅のトイレに入ったら

「膝が悪いし 個室内が狭くて持ち込めないから 洗面に荷物を置いときたいんだけど 見ててもらっても良いかしら?」

と 70代前半に見える きれいで上品なおばちゃんに頼まれました。

「あ 良いですよ~」

と答えたら おばちゃんが なんだか突然 唐突に

「独身?」「30代?」

と聞いてきたので

「いえいえ 結婚してる53歳ですよ~。 旅行で自転車借りて飛ばしてきたから 汗でぼろぼろになってます~」

と答えたら

「えー? 53? 若く見えるね~ 50代には見えないね~」

と ほめてくれました (〃ω〃)w

荷物を見るお礼にほめてくれたんだと思いますが

嬉しかった~~\(^o^)/

 

奈良の神様たちが おばちゃんの口を借りて

栃木から奈良に来た労をねぎらってくれたんだと解釈しました♥

「奥さんはおいくつですか?70代前半ですよね?」

と 聞き返したら

「え? 何言ってるの~ 私はおばあちゃん! 84よ~」

とおっしゃってたので びっくりしちゃいました

だって おばちゃん。。

どう見ても70代前半にしか見えない。。 化け物だ。。(*_*;

 

何気ないところで 知らない人と気楽に触れ合えるのが

旅の良いところです~。。

 

13:58の奈良行の電車を待っていたら 雨が降ってきました!

え~~ まさかの雨~~ でも良かった~~!

サイクリング中 濡れずにすんだ~~~ ♪

予定を早めて 駅に戻って良かった~~ ^^v

 

そしてさらに 到着した電車を見て ますますびっくり

真田丸号 でした~~~~~~~~ (=^・・^=)

和歌山の九度山を宣伝するための車両のようです

乗りたいけど 今回 縁がないんだろうなあ~

きっと無理だよなあ~

と あきらめていただけに 最後の最後でまさか 乗れたなんて~~

ヽ(^。^)ノ

狂喜乱舞~~ テンションマックス~~~ ヽ(^。^)ノ

 

巻向の古墳の主様たち 神社の神様たち

ありがとうございました~~ (#^.^#)

 

 

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2016年6月11日㈯ 奈良一人旅 3日目 纏向散策 箸墓古墳 ホケノ山古墳

箸墓古墳を目指して のんびりテクテク歩きました。

あ~~!! 今思い出しても ほんと楽しかった~~!!

気持ちよかった~~!!

心地よい風を受けながら のんびり歩くたんぼ道♥ 最高~~!!

見晴らしが良いから 目当ての古墳も すぐわかるし

あの解放感 ほんとに最高です。

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憧れの箸墓古墳に 一歩一歩どんどん近づいている!

長い年月夢見た時を経て とうとうこの時が来た!

と思うと 興奮して興奮して~~~~ w

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箸墓古墳

テレビや写真で見た通りの セクシーで美しい姿~~

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169号(天理← →榛原 明日香)の交差点から

古墳の池の堤?っていうのかな

登れるようになってました。

散歩コースみたいになってます。

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この池のほとりをまっすぐ進んで 誰かが踏み固めた道なき道wを

南方面?へ 抜けると

拝所の前に出ます。

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崇神天皇陵やほかの古墳と違って

鳥居の前には水の入った堀がないので

うお! すぐ目の前に古墳がある!

という かなり近い感(変な日本語)があります。

 

ここが 記紀で有名な ヤマトトビモモソヒメ様が眠ってらっしゃる古墳!

記紀を読むと ものすごい能力を持った巫女のような印象を受けるお方です。

呪術を使えそうだし 視える能力もすごそうだし。。

 

感想を申しますと

ちょっと怖い雰囲気がありましたです。。^^;

 

水辺に映える箸墓古墳は とても美しくておだやかで優雅な雰囲気で

誰でもウエルカムみたいな。。 そういう感じなのですが

(この日 実際に来るまではそう思ってました)

この拝所から拝見する箸墓古墳は そうではなく。。。

なんだか 人をよせつけない というか。。

(私が坂東の人間だから 特にそうなのか。。)

 

水のある方と ない方では 古墳の雰囲気が全然違いました。。。

あまりの空気感の違いが ものすごい違和感です。。。(日本語が、、)

 

そして

古墳の木にいるカラスの鳴き声が 尋常じゃないほどすごくて。。。

明らかに あれ

早く帰れ~~ 早くここから立ち去れ~~~

って感じで 普通以上にギャーギャー鳴いてました。。。 ^^;

歓迎はされてない。。。 感じでした。。。

 

霊能者玲子さんの霊視を頭に置いたうえで 参拝してるし

これから ホケノ山古墳にも参拝しよう~としてるし

そういうのって 悟られてるのかな~と 思いました。

 

玲子さんの霊視では

崇神天皇の頃 モモソ姫は

ホケノ山古墳に眠る巫女が生きてた時分

彼女を邪魔に思い

勢力争いみたいな事を繰り広げていたようです。。

お礼を言って 拝所の前から失礼しました。

古墳沿いの細い道を通って 水辺ではない方の反対側の道路に出ました。

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道路に ところどころ 案内板があるので

初めての道ですが 安心して歩けました。

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↓ 国津神社 ホケノ山古墳のそば

とても趣と風情のある神社でした。歴史が古そう!

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ホケノ山古墳に眠るお方のお宮 だったのかしら~。。

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この神社のある場所は なんだか重要な地点という感じでした

ここを起点として あちこちの道の大事な場所へ行けそうな。。というか。。。

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すぐそばのホケノ山古墳へ行く途中

近くの家の方か 若い人たちが数名

車のそばで楽しそうにしゃべっていて

そばの草むらに ↓にゃんこがいました♥

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↓ ホケノ山古墳

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お花がいっぱい♥ なんてステキ!

すっごい すがすがしいというか

パワースポット的な気持ちよさでした。

 

さっきの箸墓古墳とは 空気が違うな~。。と思いました。

カラスは全然鳴いてなくて

代わり?に 鶯がさえずってました♥

空の様子も ほんとに ステキな夕暮れというか~

歩きまわって疲れた体をいたわってくれてるようで

とても心地よかったです☆

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↓ ステキな古墳なので登ってみたかったのですが

この看板を見て あきらめました ^^;

あ。。 やっぱりいるのね。。^^; みたいな。。。

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いっぱい元気を頂いたので

さあ 駅に戻ろう~ 歩こう~~~

と 来た道を引き返すため 歩き出しました。

10歩くらい歩いたのですが

なんだか ふと 帰るのが名残惜しくなって

また さよならを言おうと思って 古墳を振り返ってみたんです。

 

そうしたら 古墳の上空が さっきとうってかわって

一面 かわいらしいピンク色に!!!!

 

きゃ~~~~っ!!! なんて ステキ!!!!

 

↓ 望遠で頑張ったけど カメラはこれが限界

私の肉眼の視界では 古墳の上ほぼ全部の空が

淡いきれいな可愛いピンクで埋め尽くされてました。

 

ピンクとブルーのコントラストが ほんとにたとえようもないほど

美しくて。。。涙ものの美しさでした。。

天使か!みたいな。。(意味不明)

語彙が足りなさ過ぎて うまく表現できない~~~~~~~~!!!!

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え~~~ こんなステキなかわいい夕焼け空の色 見た事ない~~!!

きゃー! キャー!ステキ~~~~ ヽ(^。^)ノ

 

もう~ 嬉しくって嬉しくって 空に向かって

きれいなピンクを 何枚も何枚もバシャバシャ撮りました。

 

さすが 地元の人から慕われていた巫女~(玲子さんの霊視)

優しい~~!!

私に 見せてくれたんだ~~!!

私を歓迎してくれたんだ~~~!!!

来てくれてありがとう~って お礼してくれたんだ~

振り返って良かった~~~!!! (*^。^*)ノ

 

空を見て浮かれまくった私は ハイテンションでまた歩き出し

さっきの神社のところに出ました。

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そこで 駅を確認するため もう一回地図の看板を見たのですが

あ。。 古墳からこっちに降りて来るんじゃなくて

古墳から向こうへ行けばいいんだ。。

と 気づきまして

また 来た道を古墳目指して 歩いていきました。

で 古墳のすぐ近くまで戻って来たのですが

ふと 道路上のある物体に 気付いてしまいました。。

↓ 看板に書いてあったモノが ご昇天されてましたが

この日早くに交通事故にあったみたいな。。^^;

ありました。。

ぎえ~~~~!!!っっっ

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まぢでまぢでいるんだ! うわ~~!!

初めて見た!!

でも ここ さっき 小さい犬連れた近所の人が散歩してたし

普通の生活道路みたいなのに~

近所の人達 家いっぱいあるけど まぢ危ないじゃん!!!

ふつうに生息してるんだ こいつら~~!!

道路に出てきちゃうんだ~~~!!

 

さっき ネコちゃんだっていたのに~~

こんな奴らが 這ってるなんて危険すぎる~~ (^◇^;)

 

よりによって こんなステキな古墳に こいつらがいるなんて。。。

こいつらがいなくて登れる古墳も 世間にはいっぱいあるのに~~~~。。。なんてこった ぱんなこった~~~!!

 

これって やっぱり ヤマトトビモモソ姫の巫女集団による

ホケノ山古墳の巫女への呪詛 なのかなあ。。。と思いました。。

今でも生きてる。。。

 

もしかしたら 私 来る日とタイミングによっては

こいつに噛まれていたのかもしれない。。

と 思ったら 余計 ぞぞぞぞ~。。。っとしました。。

同時に

ホケノ山古墳の巫女様が守ってくれた!

と 勝手にですが思いました。ありがとうございました!!

 

そういえばさっき 帰る時 何気にふと 古墳を見上げたのも

もしかしたら

「そっちの道じゃないよ。駅はこっちの道が近いよ」

って 教えてくれてたのかも。。

ますます ありがとうございます~~~ (*^ω^*)

と 思いました。

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