山幸彦と豊玉姫

古代の 妄想だか推理になるのかわかりませんが

ある日 ふと 頭の中に

 

あれの真相って あーゆーことじゃないだろうか。。

 

って 浮かぶんです。

 

なので 浮かんだことを せっせと記事にしています

数年後にたまたま読んで

 

え? 過去ゲゲ こんなことが降りてきたの?

 

と 自分でもびっくりすることが多々ありますw

 

古事記や日本書紀に書かれている 過去の天皇の事って

時代は違えど 結局は 1人の人間の人生なので

視点によって 色んなとらえ方があるだろうし

関わった人達に関しても 名前とか気持ちとか 伝え間違いがあるだろうし

絶対 本の通りだ!!

という決めつけは よくないと思うのです

 

後世の人が 良い風に推測したり 真相?を究明しようとする姿勢が

供養になるんじゃないか

と 思ったりします

 

山幸彦と 豊玉姫ですが

なぜ 豊玉姫は怒ってしまったのか。。

愛する旦那様の山幸彦と生まれたばかりの子どもを置いて

海に帰ってしまったのか。。

 

古事記では

お産を見られたから と簡単に書いてありますが

もっと 深い意味が隠されているのでは?

なんて 勘ぐってしまいます。

 

やはり これは

家の問題ではないかと思います

山幸彦の天孫族と 豊玉姫のワニ族(お産でワニになったというので和邇族だと思いました)では

ダメだったのでしょう。。

 

家同志の結びつきが決裂して

親の意向で 2人は離婚し

豊玉姫は 違う部族の人に嫁いだのだと思います

 

そして 子の養育のために

豊玉姫がよこした妹の玉依姫というのは

母違いの妹だと思います

母親が 天孫族に近い氏族なのかもです

 

姉と 姉の子どもが不憫で可哀想。。

と 玉依姫が 苦労を覚悟で決意して

家を出てきたのかも知れません

 

と こんな考えが 先日 ふと 頭の中に降りてきました

 

もしかしたら

 

いつかは 本土の大和へ上って戦って 支配地を広げるぞ!!

 

という秘めた野望?を持つ天孫族の山幸彦に

海のそばで生まれ育った豊玉姫は

心身ともに ついていけなかったのかも知れません

故郷を捨てられなかった。。とか。。。

 

 

古代も今も

結婚生活って

好きって気持ちだけじゃやっていけないものなんですねぇ。。。

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