父イザナギ命×カグツチ命 子スサノオ命×ヤマタノオロチ 何か関係ある~

何度も考察してるけど 全然 わからない古事記の謎・・・(ー_ー)!!!

裏の裏の裏?を解き明かそうと やっきになっていますが・・・

毎度毎度の 歴史の闇を探る推察です。。

今回も 相変わらず 一体 「高志のヤマタノオロチ」って・・・誰?・・・妖怪?・・・

を考えていたのですが(仕事が忙し過ぎて 脳内逃避のため 気分転換に考えてみた ^^;;;)

何気に地図でよ~く探してみたら 新しい発見がありました!

高天原を追われたスサノオノ命が降りて ヤマタノオロチを斬った場所は 島根県船通山近辺です。。

そして その近くに スサノオの父イザナギ命が カグツチ命を斬った場所の伝承のある 鳥取県日南町があったのです!

地図で見てびっくりしました!

二つの場所は (地図で見ると)近いでした!! 横に並んでます

地図で (多分 山の中の)日南町を見つけて そこから左へ指をすべらせていくと そこに 船通山の文字があるのです・・・!!

・・・

う~む・・・

もしかして スサノオノ命がヤマタノオロチを退治する前から

高天原×出雲の根深い歴史は始まっていたのではないだろか・・・と 思いました。。

話は前後左右しちゃいますが。。。 今までにも ブログに何度も書いていますが ^^;;;

「高志」というのは 恐らく 越の国 (新潟 富山 石川 福井県 辺り)の事だと思います。。

出雲国風土記に

イザナミさんが こしの人に 土木工事をやってもらった

みたいな事が書いてあります

古くから 出雲と越は 交流があったものと思われます。。

能登の国の一宮 気多大社(羽咋市)には 社伝があって

「能登の国が魔物によって害を受けていた時 大国主命が300の神を引き連れて来て その賊を退治してくれた」

そうです

つまり 越・能登辺りの地域と出雲は 結構 深い絆というか かなりの仲良し に感じられました。。

もしかしたら もしかして 「飛騨高山 天孫族 発祥説」というような事もかかわってくるのかもしれません。。

もしかしたら もしかして もしかして(くどい)

イザナミさんの父方が 越の国の王 なのかも知れません。。全くの推測でしかありませんが・・・><

 

そして ここからが 今回 推測した内容です

北九州に本拠地を置く天孫族のイザナギ命は 出雲の姫 イザナミ命と結婚した

イザナミ姫は越の国ともつながりがあり 日本統一を狙う天孫族にとっては とても良い結婚であった。

だが 出雲は 山の中あちこちに 製鉄所があり

出雲と越の国の支配者にとっては 天孫族の台頭は あまり 好ましいものではなかった

その中で イザナミの縁者で 越の国(弥彦神社辺り)ともつながりがあるカグツチ命は 強大な勢力を誇っていた

結局 イザナミの死後 イザナギは 製鉄の利権を巡って カグツチと戦う事になり

最期 日南で イザナギがカグツチを斬る事になってしまった。。

カグツチの子孫は イザナギの天孫族に従う事になった

だが 越の国のヤマタノオロチ一族は 納得いかずにいた

船通山辺りに住む王の娘と結婚しているので その地の利権は自分たちのものだと主張していた。

イザナギとイザナミの息子のスサノオノ命は 母の国 出雲の王になろうと

父から出雲をもらい 越の国のヤマタノオロチ一族を排除しようと思った

鳥髪のクシナダ姫と結婚して その地域を 確実に支配しようと

越の国から ヤマタノオロチ一族が クシナダ姫と約束の婚儀のために来た時

戦って斬った

天孫族の力の強さに 周囲の地域は 恐れを感じ 逆らうものは少なくなっていった

カグツチとヤマタノオロチは 祟りを恐れられ 各地の神社で 祀られていった

スサノオ命が亡くなって 4代目 出雲には 大国主命という優しく力の強い王が出てきた。

越の国とも友好を深め たちまち周囲をまとめていき 天孫族と並ぶ勢いになっていった

天孫族は イザナギ イザナミから数えて4代目が強大な力を持ち 出雲に対して 国を譲るよう迫った。

観念した出雲は国を譲った

天孫族は 永遠に 大国主命はじめ 出雲一族を祀る事を約束した

 

こんな感じに推測してみましたが また 変わるかもしれません ^^;

戦国時代 織田信長から始まって 時を経て いろんな戦があって 最後 徳川が 日本をまとめました

この一連の流れを見ていると

古代の日本もこうだったんじゃ。。。と 思わずにはいられません。。

そして 徳川が 日本をまとめた後も 仙台の伊達とか 不穏な動きをしますし

地方の力のある王達は 中央集権には反抗的で なかなか素直には 従わないものだ~と 思います。。。。

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2件のコメント »

  1. ポロン said

    鳥取県や島根県は、実は母方の親戚が多くて・・

    土地勘といえるほどでもないけれど
    ある程度、わかってるせいか

    とても身近に感じられます^^

    今は、奥出雲町の田舎の家は空き家になっているのですが
    裏が山になっており、炭焼き小屋もまだ使えるみたい^^;

    よく小学生のころ夏休みに一か月遊びに行って
    川で川魚とったり、山で茗荷とったりしてました

    去年は出雲大社に人々の群れ^^;

    忘れていた記憶が蘇りました・・

    考えたら、床の間には「天照大御神」の掛け軸が
    普通に掲げられ
    お地蔵さんには、スサノオノミコトが祀られ・・

    自然の中に、溶け込んでいるようでしたよん

    古事記の検証は、伝承頼りだとしても
    ゲゲちゃんのように、肌で感じて事象をつなぎ合わせて
    いろいろ想像していくのも、いとおかしと思います^^

    • うわ~ ポロンさん 素敵~ ^^v
      私は 本で読んだだけだけど 
      出雲って ほんと 神と人と自然が共存してるというか 神々しい土地って 気がします~ ^^
      空気感がわかっているのって うらやましいな~ (^◇^)

      霊能者さんが 多分ね 奈良の葛城地方だと思うんだけど (K市って表現してた)。。
      出雲と 空気が似てるって 言ってたの~

      出雲 今 すごいパワーあふれてるんでしょうね~!
      うふふ 縁結びで 女子に人気が高いそうですね~ (*^。^*)

      今の私らが想像する以上に 古代の人達って 遠い地域と交流してた気がする~。。
      出雲は 石が すごそう~ うふふ \(^o^)/ パワーストーン~~☆

      ポロンさんの思い出って とても良いよね~ ^^
      うちの子ども達も そういう自然とのふれあい的なステキな思い出 作ってあげたかったなあ~ 

      歴史って 人と人が作っていった 生々しいものなのね~。。
      そういえば 今日 官兵衛見て 泣いちゃったよ~ 
      秀吉さん~~~(ToT)/~~~

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